高齢者のストレッチ|優先する部位と安全なやり方

高齢者のストレッチで最も大切なのは、伸ばす場所の選び方です。加齢で硬くなりやすい部位は決まっており、そこが硬くなると特定の動作ができなくなります。足首が硬いとつまずき、股関節の前が硬いと腰が反り、肩が硬いと着替えが苦痛になる。
そして重要なのは、一度固まった関節(拘縮)は戻すのに何倍も時間がかかるという点です。ストレッチは、硬くなってから伸ばすより、固まらせないために毎日続けるほうが圧倒的に効率が良い。この記事では、優先すべき部位と安全なやり方を整理しました。
この記事でわかること
- 高齢者が優先して伸ばすべき5つの部位
- 硬さが生活のどの動作を妨げるか
- 安全なストレッチの時間と強さ
- 座ったままできるメニュー
- 立って行うメニュー
- やってはいけないストレッチ
- 拘縮を防ぐという考え方
- ストレッチを控えるべき状態
高齢者のストレッチで優先すべき5つの部位
やみくもに全身を伸ばすより、生活動作に直結する場所から始めるほうが効果を実感できます。
| 部位 | 硬くなると起こること | 優先度 |
|---|---|---|
| ふくらはぎ・アキレス腱 | つま先が上がらず、つまずく。しゃがめない | 最優先 |
| 股関節の前(腸腰筋) | 立つと腰が反る。歩幅が狭くなる | 高い |
| 太もも裏(ハムストリングス) | 前かがみがつらい。骨盤が後ろに倒れる | 高い |
| 胸・肩の前 | 背中が丸まる。腕が上がらず着替えが困難に | 中 |
| お尻の外側(殿筋) | 足を組めない。歩行時に体が揺れる | 中 |
最優先がふくらはぎである理由は明確です。足首が硬いと、歩くときにつま先が十分に上がりません。つまずく高さは、想像よりずっと低い――玄関の敷居、カーペットの端、畳のヘリ。数ミリの段差で足を引っかけます。
転倒対策全般は高齢者の転倒予防|原因と自宅でできる対策をご覧ください。
ちびウルフストレッチだけで歩けるようになりますか?
リハウルフストレッチだけでは足りません。柔らかくなっても、動かす筋力がなければ動作は変わらないからです。ただし硬いままでは筋トレの効果も出ません。可動域を確保してから鍛える、という順序で考えてください。
安全なストレッチの基本
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」の運動プログラムでは、ストレッチングをウォーミングアップ(準備運動)とクーリングダウンの両方に位置づけています。教室のタイムスケジュール例では、準備運動・ストレッチが5分、整理運動・ストレッチが5分とされ、次の注記があります。
マニュアルの記載(原文より)
「ストレッチを含む軽負荷の運動を行う。呼吸器や循環器疾患、フレイルを伴う場合などはより時間をかけて行う」
- 時間は20〜30秒:反動をつけず、じっと保つ
- 強さは「気持ちよく伸びる」程度:痛みが出るのは強すぎます
- 息を止めない:自然に呼吸を続ける
- 左右それぞれ2回ずつ:片側だけで終わらない
- 入浴後が効果的:体が温まっていると伸びやすい
- 毎日続ける:週1回のまとめ実施より、毎日5分
痛みを我慢して伸ばさない
「痛いほど効く」は誤りです。強い痛みが出るまで伸ばすと、体は防御反応でかえって筋肉を縮めます。翌日に痛みが残るなら、強すぎるか時間が長すぎます。
特に骨粗鬆症がある方は、無理な伸展や回旋で骨折することがあります。反動をつけて勢いよく伸ばすのは絶対に避けてください。
座ったままできるストレッチ
立位が不安定な方、まず始める方向けです。椅子に深く座り、足裏を床につけて行います。
① ふくらはぎ(タオルを使う)
座って片脚を前に伸ばし、足裏にタオルをかけて手前にゆっくり引く。膝は軽く曲がっていて構いません。20〜30秒×左右2回。
② 太もも裏
片脚を前に伸ばしてかかとを床につけ、背すじを伸ばしたまま上体を前に倒す。背中を丸めると腰が伸びるだけで、太もも裏には効きません。20〜30秒×左右2回。
③ お尻の外側
片方の足首を反対の膝の上に乗せ(数字の4の形)、背中を丸めないように上体を前に倒す。20〜30秒×左右2回。お尻の外側が伸びる感覚があれば正解です。
④ 胸・肩の前
両手を後ろで組み、胸を開くように肩を後ろへ引く。組めない場合は、椅子の背に両手をかけるだけでも構いません。20秒×2回。
⑤ 体幹のひねり
腕を胸の前で組み、上体をゆっくり左右にひねる。各方向20秒。振り向き動作が楽になり、後方確認がしやすくなります。
⑥ 首
頭を横にゆっくり倒し、首の側面を伸ばす。20秒×左右2回。首は回さないでください。ぐるぐる回す動きは、めまいや血管への負担の原因になります。倒す・向けるにとどめます。
立って行うストレッチ
必ず壁や椅子の背に手を添えて行ってください。
① ふくらはぎ(壁を使う)
壁に両手をつき、片脚を後ろに引いて、かかとを床につけたまま体重を前へ。後ろ脚の膝を伸ばすとふくらはぎの上部、軽く曲げると下部(アキレス腱寄り)が伸びます。20〜30秒×左右2回。
② 股関節の前(腸腰筋)
椅子の背につかまり、片脚を大きく後ろへ引く。骨盤を前に押し出すようにして、後ろ脚の付け根を伸ばす。20〜30秒×左右2回。
膝をついて行う方法(片膝立ち)のほうが伸びやすいですが、床から立ち上がれることが前提です。立ち上がれない方は、立位のまま行ってください。
③ 体側
片手を頭上に上げ、反対側へゆっくり体を倒す。20秒×左右2回。呼吸が楽になる効果も期待できます。
やってはいけないストレッチ
- 反動をつける:筋肉や腱を痛めます。骨粗鬆症があると骨折のリスクも
- 首をぐるぐる回す:めまい、血管への負担の原因になります
- 痛みを我慢して続ける:防御反応でかえって硬くなります
- 息を止めて力む:血圧が上がります
- 立位で手を離して行う:転倒します。必ず支えを
- 腰を強く反らせる:脊柱管狭窄症がある方は症状が悪化することがあります
- 深い前屈:圧迫骨折がある方には禁忌に近い動作です
腰の疾患がある方は方向が逆になる
ここは特に注意が必要です。
- 脊柱管狭窄症:腰を反らすと症状が強くなる。前かがみが楽
- 圧迫骨折:前かがみが最も危険。背中を丸める動作は避ける
同じ「腰の痛み」でも、やってよい方向が正反対です。自己判断でストレッチを始める前に、診断を確認してください。詳しくは脊柱管狭窄症のリハビリ、圧迫骨折でやってはいけないことをご覧ください。
硬さは「動かしていない時間」でつくられる
なぜ高齢になると体が硬くなるのか。加齢そのものより、その姿勢でいる時間の長さが原因であることが少なくありません。
| 長く続く姿勢 | 縮む場所 | 結果 |
|---|---|---|
| 椅子に座り続ける | 股関節の前、太もも裏 | 立つと腰が反る、歩幅が狭くなる |
| 仰向けで寝続ける | ふくらはぎ(つま先が下を向く) | かかとが床につかない |
| 背中を丸めた姿勢 | 胸、肩の前 | 腕が上がらない、呼吸が浅くなる |
| 膝を曲げたまま座る | 膝の裏 | 膝が伸びきらず、立位が不安定に |
つまり、同じ姿勢を長時間とらないこと自体がストレッチになります。厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」も、座位行動について「座りっぱなしの時間が長くなりすぎないように注意する(立位困難な人も、じっとしている時間が長くなりすぎないよう、少しでも身体を動かす)」としています。
30分に1回、姿勢を変える
まとまった時間のストレッチが取れなくても、30分〜1時間ごとに立つ、足首を動かす、背中を伸ばすだけで硬さの進み方は変わります。
テレビの番組が変わるタイミング、CMのたび、といった生活の区切りに結びつけると続きやすくなります。
効果を感じられないときに見直すこと
続けているのに変わらない場合、次のどれかに当てはまることが多いです。
- 時間が短い:10秒では足りません。20〜30秒保ってください
- 伸ばす場所がずれている:太もも裏のつもりで腰を丸めている、など
- 頻度が低い:週1〜2回では維持が精一杯です。毎日が原則
- 期間が短い:柔軟性の変化には数週間〜数か月かかります
- 日中の姿勢が変わっていない:1日5分伸ばしても、23時間縮めていれば相殺されます
- 痛みで力が入っている:強すぎて防御反応が働いています
特に多いのが最後から2番目です。ストレッチの時間より、日中どんな姿勢でいるかのほうが影響は大きい。長時間座る方は、クッションや椅子の高さを見直すほうが効果的なことがあります。
急に硬くなった場合は別の原因を疑う
徐々にではなく、数日〜数週間で急に動かしにくくなった場合は、単なる柔軟性の問題ではない可能性があります。
- 骨折(気づいていない圧迫骨折など)
- 関節の炎症・感染(赤み・熱感・腫れを伴う)
- 脳血管疾患による筋緊張の変化
- 痛みによる防御的な硬さ
この場合はストレッチではなく受診が先です。
拘縮を防ぐという考え方
関節が硬くなって動く範囲が狭くなった状態を拘縮といいます。ここで知っておきたいのは、拘縮は「進んでから治す」より「進ませない」ほうが圧倒的に楽だということです。
| 予防(毎日動かす) | 改善(固まってから) | |
|---|---|---|
| 必要な時間 | 1日数分 | 数か月〜。戻らないこともある |
| 痛み | ほとんどない | 伴うことが多い |
| 生活への影響 | なし | 着替え・入浴・移乗が困難になる |
特に注意したいのが足首です。寝ている時間が長いと、布団の重みでつま先が下を向いたまま固まります(尖足)。こうなるとかかとが床につかず、立つこと自体ができなくなります。
寝たきりに近い状態でも、1日1回、足首を10回動かすだけで固まる速度はまったく違います。詳しくは廃用症候群とは?症状とリハビリの進め方をご覧ください。
自分で動かせない方の場合
- 他者がゆっくり動かす(他動運動):関節の近くを支え、痛みのない範囲で
- 先端を持って引っ張らない:手足の先を持つと関節に大きな力がかかります
- 痛がる動きは中止する:無理に伸ばすと逆効果です
- 方法は専門職に教わる:訪問リハビリでは家族への指導も業務のうちです
ストレッチを控えるべき状態
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」は、安静時に次に該当する場合は運動を実施しないとしています。ストレッチにもこの基準が当てはまります。
運動を控えるべきチェック項目(原文より)
- 収縮期血圧 180mmHg以上、または 80mmHg未満
- 拡張期血圧 110mmHg以上
- 体温 37.5℃以上
- 脈拍が 120拍/分以上
- いつもと異なる脈の不整がある場合
- 関節痛など慢性的な症状の悪化
加えて、次の場合も自己判断で行わないでください。
- 骨折の治療中、手術後で医師の制限がある
- 人工関節を入れていて、禁忌肢位の指示がある
- 関節が赤く腫れている、熱を持っている
- 急に痛みが出た関節
よくある質問
どこから伸ばせばいいですか?
ふくらはぎ(アキレス腱)が最優先です。足首が硬いとつま先が上がらず、数ミリの段差でつまずきます。次に股関節の前と太もも裏を優先してください。
何秒伸ばせばいいですか?
20〜30秒です。反動をつけず、じっと保ってください。左右それぞれ2回ずつが目安です。
痛いほど効きますか?
誤りです。強い痛みが出るまで伸ばすと、体は防御反応でかえって筋肉を縮めます。「気持ちよく伸びる」程度にとどめ、翌日に痛みが残るなら強すぎます。
いつ行うのが効果的ですか?
入浴後など体が温まっているときが伸びやすいです。ただし、続けられる時間帯が最も重要です。毎日5分を習慣にしてください。
首を回すストレッチはしてもいいですか?
回さないでください。ぐるぐる回す動きはめまいや血管への負担の原因になります。横に倒す、横を向くといった動きにとどめてください。
腰が痛いのですが、どう伸ばせばいいですか?
診断によって方向が正反対になります。脊柱管狭窄症は前かがみが楽で反らすと悪化、圧迫骨折は前かがみが危険です。自己判断で始めず、まず診断を確認してください。
ストレッチだけで歩けるようになりますか?
ストレッチだけでは足りません。柔軟性を確保したうえで、動かす筋力が必要です。ただし硬いままでは筋トレの効果も出にくいため、可動域を確保してから鍛える順序が有効です。
寝たきりでもできますか?
できます。特に足首は重要で、寝ている時間が長いとつま先が下を向いたまま固まり、立つことができなくなります。1日1回10回動かすだけでも違います。
家族が動かしてあげてもいいですか?
方法を専門職から教わったうえで行ってください。関節の近くを支え、手足の先を持って引っ張らないこと、痛がる動きは中止することが原則です。訪問リハビリでは家族への指導も業務のうちです。
骨粗鬆症があっても大丈夫ですか?
反動をつけた動きや、無理な伸展・回旋は骨折のリスクがあるため避けてください。ゆっくり行うこと、痛みの手前で止めることが原則です。不安な場合は理学療法士に確認してください。
まとめ
- 優先すべきはふくらはぎ・股関節の前・太もも裏・胸肩・お尻の外側
- 足首が硬いとつま先が上がらず、数ミリの段差でつまずく
- 時間は20〜30秒、反動をつけない
- 強さは「気持ちよく伸びる」程度。痛みが出るのは強すぎる
- 翌日に痛みが残るなら、強さか時間が過剰
- 厚労省マニュアルは呼吸器・循環器疾患やフレイルがある場合は時間をかけるとしている
- 首はぐるぐる回さない。倒す・向けるにとどめる
- 立位では必ず支えを持つ
- 脊柱管狭窄症と圧迫骨折では、安全な方向が正反対
- 拘縮は進んでから治すより、進ませないほうが圧倒的に楽
- 足首が固まる(尖足)と、かかとが床につかず立てなくなる
- 寝たきりでも1日1回足首を動かすだけで違う
- 他動運動では関節の近くを支え、先端を引っ張らない
- 収縮期180以上/80未満、拡張期110以上、体温37.5℃以上などでは行わない
- 骨折治療中・人工関節の禁忌肢位がある場合は自己判断しない
参考にした情報
- 厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」(令和4年3月)第2章 運動器の機能向上マニュアル
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」(令和6年1月)
- 厚生労働省「介護予防マニュアル 第4版」
- 健康日本21アクション支援システム「推奨シート:高齢者版」
※本記事の運動プログラムの位置づけ・中止基準は、厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」にもとづいて整理したものです。ストレッチの時間・回数・部位ごとの優先順位に関する記述は、リハビリテーション領域で一般に用いられている整理および筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづくものであり、厚生労働省の告示・通知として定められたものではありません(確度:中)。骨折の治療中、人工関節を入れていて禁忌肢位の指示がある場合、脊柱管狭窄症や圧迫骨折がある場合は、安全な方向や可動範囲が個別に異なります。必ず主治医および担当の理学療法士の指示に従ってください。関節が赤く腫れている、熱を持っている、急に痛みが出たという場合は、ストレッチを行わず受診してください。制度に関する記述は2026年9月時点の内容として整理していますが、その後の改定により取扱いが変わる可能性があります。




