自宅での歩行訓練は、距離を伸ばすことから始めてはいけません。まず確認すべきは、立っていられる時間と、安全に歩ける環境です。ここを飛ばして歩く距離を増やすと、転倒して骨折し、かえって歩けなくなります。

歩行は、筋力・バランス・持久力・環境のすべてが揃って初めて成り立つ動作です。「歩けない」の原因がどこにあるかで、やるべき訓練は変わります。この記事では、段階の見極め方と、自宅でできる具体的なメニューを整理しました。

この記事でわかること

  • 歩行訓練を始める前に確認すべきこと
  • 歩行を4つの要素に分けて考える方法
  • 段階別の訓練メニュー(立つ→歩く→距離)
  • 自宅の環境をどう使うか
  • 歩く距離と時間の増やし方
  • 歩行速度の目安
  • やってはいけない進め方
  • 専門職に見てもらうべき場面

歩行訓練を始める前に確認すること

いきなり歩かせる前に、次を確認してください。

  • 手すりや支えなしで、30秒立っていられるか:立位保持ができなければ歩行は危険です
  • ふらついたとき、自分で立て直せるか:立て直せないなら介助または用具が必要
  • 痛みはないか:痛みをかばった歩き方は、別の場所を痛めます
  • 血圧・脈拍は安定しているか
  • 靴は適切か:かかとが潰れた靴、大きすぎるスリッパは転倒の原因です
  • 歩く経路に障害物はないか

運動を控えるべき状態

厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」は、安静時に次に該当する場合は運動を実施しないとしています。

  • 収縮期血圧 180mmHg以上、または 80mmHg未満
  • 拡張期血圧 110mmHg以上
  • 体温 37.5℃以上
  • 脈拍が 120拍/分以上
  • いつもと異なる脈の不整がある場合
  • 関節痛など慢性的な症状の悪化

運動中は、開始時と比較して収縮期血圧が40mmHg以上または拡張期血圧が20mmHg以上上昇した場合、脈拍が140回/分を越えた場合は中止です。強い呼吸困難感、めまい、狭心痛、強い疲労感が出た場合も同様です。

歩行を4つの要素に分けて考える

「歩けない」と一括りにせず、どこが足りないのかを見極めます。

要素不足するとどうなるか必要な訓練
筋力足が上がらない、膝折れ、すぐ疲れる立ち座り、脚上げ、かかと上げ
バランスふらつく、方向転換で崩れる片脚立ち、つぎ足立ち、重心移動
持久力最初は歩けるが途中で止まる距離・時間を段階的に伸ばす
環境・用具家の中では歩けるが外は無理手すり、杖、歩行器、段差解消

最も多い見落としが4番目です。本人の能力ではなく、環境が歩行を止めているケースは非常に多い。廊下に物が置かれている、夜は暗い、手すりがない。これらは訓練ではなく環境整備で解決します。

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毎日たくさん歩かせたほうがいいですか?

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距離を追うのは最後です。疲れた状態で歩くと、フォームが崩れて転倒します。現場では「頑張って歩かせた日の夕方に転倒」というケースをよく見ます。短い距離を、良い状態で、回数多くが原則です。

段階別の訓練メニュー

段階1|立つ・立っていられる

まだ安定して立てない段階です。

  • 椅子からの立ち座り:10回×2〜3セット。歩行の土台になる動作
  • 立位保持:手すりや机につかまって30秒〜1分。徐々に手の支えを減らす
  • その場での足踏み:つかまって20回。片脚に体重を乗せる練習
  • かかと上げ:15回×2セット

この段階では歩く距離を伸ばそうとしないでください。立位が不安定なまま歩くのは、転倒のリスクが高すぎます。

段階2|室内を歩く

  • 手すり・壁づたいの歩行:廊下を往復。回数で管理する
  • 横歩き:壁づたいに5歩×往復。中殿筋とバランスを同時に
  • 方向転換の練習:小回りせず、足を踏み替えて大きく回る
  • 立ち止まる・歩き出す練習:連続歩行より、この切り替えでつまずきます

自宅は最高の練習環境

リハビリ室の平行棒で歩けても、自宅の狭い廊下で杖をつけるとは限りません。段差の高さ、手すりの位置、床材、曲がり角の幅。これらは家ごとに違います。

実際に毎日通る経路そのものを練習するのが、最も実用的です。トイレまで、玄関まで、台所まで。そこを安全に歩けることが目標になります。

段階3|距離と持久力を伸ばす

  • 屋内から屋外へ:まず玄関を出る、門まで、隣の家まで
  • 時間ではなく回数で管理する:「10分歩く」より「廊下を5往復」
  • 休憩を前提に組む:連続歩行にこだわらない
  • 帰りの体力を残す:往路で使い切ると帰れません

厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は、高齢者に対して「3メッツ以上の身体活動を1日40分以上(1日約6,000歩以上に相当)」を推奨しつつ、「上記の強度、推奨値に満たなくとも、少しでも身体活動を行うことを推奨する」「身体活動の少ない人ほど、少しの身体活動で大きな健康増進効果が期待できます」としています。

6,000歩に届かないことを理由に諦めるのが、最も損です。

歩行速度の目安

歩行速度は、身体機能の指標としてよく使われます。

目安意味
秒速1.0m未満フレイル・サルコペニアの判定基準の一つ(5mを5秒以上かけて歩く)
横断歩道日本の信号はおおむね秒速1mで渡り切れる設定

「最近、青が点滅してから焦るようになった」という自覚は、歩行速度が落ちているサインかもしれません(確度:中=学会基準等にもとづく整理で、厚生労働省が示した数値ではありません)。

詳しくはフレイルとは?チェック方法と予防の3本柱サルコペニアとは?診断基準と改善する運動をご覧ください。

歩き方から原因を読み取る

どう歩いているかを見ると、何が足りないかの手がかりが得られます。

歩き方の特徴考えられる原因優先する対策
すり足、つま先が上がらない足首の硬さ、前脛骨筋の低下ふくらはぎのストレッチ、つま先上げ
体が左右に揺れる中殿筋(お尻の横)の低下横への脚上げ、横歩き
歩幅が狭い、小刻み股関節の硬さ、腸腰筋の低下、恐怖心股関節前面のストレッチ、もも上げ
膝が「カクッ」と折れる大腿四頭筋の低下、膝が伸びきらないセッティング、膝伸ばし、伸展の確保
方向転換で崩れるバランス反応の低下足を踏み替えて大きく回る練習
左右で歩き方が違う痛み、麻痺、脚長差まず原因の特定(受診)
最初の一歩が出ないすくみ足(パーキンソン病など)号令・リズム・床の目印。引っ張らない

特に左右で歩き方が明らかに違う場合は、訓練より先に原因の特定が必要です。痛みをかばっている、片側に麻痺がある、股関節に問題がある。これらは鍛えて解決するものではありません。

すくみ足についてはパーキンソン病のリハビリ|運動の工夫と使える制度で詳しく解説しています。

記録をつけると続く

歩行訓練は効果が見えにくく、続かない原因になります。数字にすると変化が分かり、継続の動機になります。

  • 廊下の往復回数:「今日は5往復」。距離より管理しやすい
  • 休憩なしで歩けた時間:秒でも構いません
  • どこまで行けたか:門まで、ポストまで、角まで
  • 使った用具:手すり/杖/歩行器/支えなし
  • その日の調子:良い・普通・悪いの3段階で十分

1か月単位で見る

日々の数字は体調や天候で上下します。週単位・月単位で平均を見るようにしてください。「昨日より少ない」で落ち込む必要はありません。

この記録は、訪問リハビリや通所リハビリのスタッフ、ケアマネジャーにとっても貴重な情報です。そのまま見せてください。訓練内容の調整に直結します。

目標は「距離」ではなく「行きたい場所」で立てる

「100m歩けるようになる」より、「郵便受けまで自分で行く」「近所の店まで買い物に行く」のほうが続きます。

厚生労働省の身体活動・運動ガイド2023も「高齢者の外出や社会参加の機会を増やす取組が求められ」るとしています。歩くこと自体が目的ではなく、行きたい場所に行けることが目的です。目標をそう置き直すと、訓練の意味が変わります。

歩行速度の年代別基準値|厚労省の資料から

歩行速度は、身体機能を最もよく表す指標の一つです。厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」には「別添資料2-4 年齢別体力基準値表」が収載されており、地域在住高齢者の測定データにもとづく平均値が示されています。

快適歩行速度(m/秒)|原文より

年代平均値±標準偏差最も低い区分(★1)
65〜69歳1.38±0.231.20以下
70〜74歳1.33±0.231.20以下
75〜79歳1.24±0.231.00以下
80歳以上1.13±0.250.90以下

最大歩行速度(m/秒)|原文より

年代平均値±標準偏差最も低い区分(★1)
65〜69歳1.85±0.271.60以下
70〜74歳1.75±0.301.50以下
75〜79歳1.65±0.281.40以下
80歳以上1.52±0.311.30以下

ここで重要なのは、フレイル・サルコペニアの判定に使われる「秒速1.0m未満」は、80歳以上では平均(1.13)にかなり近いという点です。年齢が上がるほど、基準に該当する方は増えます。

だからこそ、一度の測定値で判断せず、変化を追うことが重要になります。半年前と比べて明らかに遅くなったなら、年齢では説明のつかない変化です。

自宅で測る方法

  • 5mの距離に目印を置く(廊下など。前後に助走・減速の余裕を取る)
  • いつもの速さで歩いて、かかった秒数を測る
  • 5 ÷ 秒数=速度(m/秒)
  • 例:5mを4秒 → 1.25m/秒
  • 2回測って、良いほうを採用する

※測定時は必ず見守りをつけ、周囲に物がない安全な場所で行ってください。急がせないこと、転倒させないことが最優先です。

厚労省マニュアルが推奨する測定項目

同マニュアルは、体力測定について「5m歩行時間(通常・最大)・Timed Up & Go Test・開眼片足立ち時間・5回立ち上がりテスト・握力等を測定することが望ましい」とし、結果は年齢別体力基準値表を参考に5段階で評価して「どの要素がより低下しているのかを把握し、個別プログラムに生かす」としています。

歩行だけを見るのではなく、複数の要素のうちどれが落ちているかを見極めるという考え方です。通所リハビリや市町村の介護予防事業では、この測定を受けられます。

やってはいけない進め方

  • 疲れてから、さらに歩かせる:フォームが崩れて転倒します
  • 毎日記録を更新しようとする:体調には波があります
  • 痛みを我慢して歩く:かばった歩き方が別の場所を痛めます
  • 手を引いて歩かせる:重心が前に引き出され、かえって不安定になります
  • 支えなしで急に歩かせる:段階を飛ばさない
  • スリッパ・かかとの潰れた靴で歩く:脱げて転倒します
  • 体調が悪い日も予定通り行う:休む判断も訓練のうちです

特に手を引いて歩かせるのは、家族の介助で最も多い間違いです。正しい介助の位置と支え方は歩行介助のやり方|立つ位置と階段での介助で解説しています。

1回の転倒で、積み上げた訓練は失われる

骨折すれば入院となり、2〜3週間の安静で筋力は明らかに落ちます。3か月かけて伸ばした歩行距離が、2週間で失われることは珍しくありません。

だからこそ、訓練では安全側に倒す判断が正解です。「もう少し行けそう」で無理をしない。転ばないことが最優先です。

用具を使うことは後退ではない

杖や歩行器を使うことに抵抗を示す方は多いですが、考え方が逆です。

用具なし用具あり
不安で外出しなくなる安心して外出できる
活動量が落ちる活動量が保てる
筋力がさらに落ちる歩く機会が増え、筋力が保たれる
転倒リスクが上がる転倒リスクが下がる

用具を使って歩ける距離が伸びるなら、それは前進です。杖は高齢者の杖の選び方、歩行器は歩行器の選び方|種類と高さ・シルバーカーとの違いをご覧ください。

専門職に見てもらうべき場面

  • 急に歩けなくなった:脳血管疾患、骨折、感染症などの可能性。まず受診
  • 歩き方が左右非対称:痛みや麻痺が隠れていることがあります
  • どこまで歩かせてよいか分からない:心疾患・呼吸器疾患がある場合は特に
  • 訓練しても変わらない:方法が合っていない可能性があります
  • 介助方法に自信がない
  • 自宅の環境を整えたい

訪問リハビリでは、実際の自宅で歩行を評価し、家族への介助指導も行えます。通所リハビリなら機器を使った訓練が可能です。ケアマネジャーにご相談ください。

よくある質問

歩行訓練は毎日やるべきですか?

歩くこと自体は毎日で構いません。ただし体調には波があるため、記録を更新しようとせず、調子の悪い日は短くしてください。休む判断も訓練のうちです。

どのくらいの距離から始めればいいですか?

距離ではなく、まず立位が安定しているかを確認してください。支えなしで30秒立てない段階では、歩く距離を伸ばすより立ち座りと立位保持を優先します。

1日6,000歩は必要ですか?

推奨値ではありますが、届かなくても意味があります。厚労省のガイドも「推奨値に満たなくとも、少しでも身体活動を行うことを推奨する」「身体活動の少ない人ほど、少しの身体活動で大きな健康増進効果が期待できる」としています。

手を引いて歩かせてもいいですか?

避けてください。手を引くと重心が前に引き出され、かえって不安定になります。転倒時にも支点になりません。患側の斜め後ろに立ち、腰と脇を支えるのが基本です。

家の中でできる歩行訓練はありますか?

あります。廊下の往復、壁づたいの横歩き、方向転換の練習、立ち止まる・歩き出すの切り替え練習などです。実際に毎日通る経路(トイレまで、玄関まで)を練習するのが最も実用的です。

歩く速さの目安はありますか?

秒速1.0m未満(5mを5秒以上かけて歩く)がフレイル・サルコペニアの判定基準の一つとされています。横断歩道の信号はおおむね秒速1mで渡り切れる設定です。

杖を使うと筋力が落ちませんか?

逆です。用具を使って安心して外出できれば活動量が保たれ、結果として筋力も保たれます。不安で外出しなくなるほうが、筋力低下と転倒リスクを高めます。

スリッパで歩いてもいいですか?

避けてください。脱げやすく、つまずきの原因になります。かかとが覆われ、底が滑りにくく、足に合ったサイズの靴を室内でも使うことをおすすめします。

急に歩けなくなりました。

まず受診してください。脳血管疾患、骨折、感染症、薬の影響などの可能性があります。徐々にではなく急な変化は、訓練ではなく原因の特定が先です。

どこに相談すればいいですか?

要介護・要支援の認定があればケアマネジャー、なければ地域包括支援センターです。訪問リハビリなら実際の自宅で評価と家族への介助指導が受けられます。

まとめ

  • 歩行訓練は距離を伸ばすことから始めない
  • まず支えなしで30秒立てるかを確認する
  • 歩行は筋力・バランス・持久力・環境の4要素で成り立つ
  • 本人の能力ではなく環境が歩行を止めていることが多い
  • 段階1は立ち座りと立位保持、段階2は室内歩行、段階3で距離
  • 自宅の実際の経路を練習するのが最も実用的
  • 距離は時間より回数で管理する
  • 帰りの体力を残す。往路で使い切らない
  • 6,000歩に届かなくても意味がある(厚労省ガイド)
  • 歩行速度の目安は秒速1.0m
  • 厚労省の基準値では快適歩行速度の平均が65〜69歳1.38、80歳以上1.13m/秒
  • 5mの距離を測れば自宅でも計算できる(5÷秒数)
  • 一度の値より、半年前との変化を見る
  • 疲れてから、さらに歩かせない
  • 手を引いて歩かせない
  • 1回の転倒で、3か月分の訓練が失われることがある
  • 杖や歩行器を使うことは後退ではない
  • 急に歩けなくなった場合は訓練より受診が先

参考にした情報

※本記事の運動の推奨値・中止基準は、厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」および「介護予防マニュアル【第4版】」にもとづいて整理したものです。歩行速度の基準は学会等の二次情報で確認したもので、厚生労働省の告示・通知として定められたものではありません(確度:中)。段階別の訓練メニューや進め方に関する記述は、リハビリテーション領域で一般に用いられている整理および筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづくものです。歩行訓練の可否、負荷量、介助の必要性は、本人の身体状況・疾患・住環境によって大きく異なります。特に心疾患・呼吸器疾患・骨折後・人工関節術後の方は、必ず主治医および担当の理学療法士の指示に従ってください。急に歩けなくなった場合は、訓練ではなく受診が優先です。制度に関する記述は2026年9月時点の内容として整理していますが、その後の改定により取扱いが変わる可能性があります。

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リハウルフ
理学療法士/介護支援専門員/「リハコネ式!訪問リハのためのルールブック」監著・編集/「訪問リハビリマガジン」編集長/他に3メディアの編集長/ YouTube「リハウルフ」運営/セミナー経験多数/厚生労働省のホームページを見ることが趣味