高齢者のバランス訓練|3種類の違いとメニュー

高齢者のバランス訓練で最も誤解されているのは、片脚立ちさえやればよいと思われていることです。実際には、バランスには3つの種類があり、日常で問題になるのは片脚立ちで鍛えられる部分ではありません。
じっと立つ力(静的)、動きながら保つ力(動的)、何かをしながら保つ力(機能的)。転ぶのは、振り向いたとき、物を持ったとき、話しかけられたとき――つまり後ろ2つが崩れる場面です。この記事では、3種類それぞれの訓練を整理しました。
この記事でわかること
- バランスの3つの種類と、日常で必要なもの
- 厚労省が示すバランス運動の位置づけ
- 静的バランスの訓練メニュー
- 動的バランスの訓練メニュー
- 二重課題(何かをしながら)の訓練
- 安全に行うための条件
- 閉眼での訓練を自宅でしてはいけない理由
- バランスが崩れる原因の切り分け
高齢者のバランス訓練は3種類に分けて考える
| 種類 | 内容 | 日常の場面 |
|---|---|---|
| 静的バランス | 止まった姿勢を保つ | 立ち話、洗面、調理 |
| 動的バランス | 動きながら姿勢を保つ | 歩く、振り向く、方向転換 |
| 機能的バランス | 別のことをしながら保つ | 物を持って歩く、話しながら歩く |
転倒の場面を思い返すと、じっと立っているときに転ぶ人はほとんどいません。振り向いた、またいだ、急いだ、呼ばれた。動的・機能的バランスが崩れた瞬間です。
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」も、個別プログラムの設定にあたって「静的・動的・機能的バランスのどれがより衰えるか等によって、個別のプログラムを作成することが望ましい」としています。
厚労省が示すバランス運動の位置づけ
介護予防教室のタイムスケジュール例では、バランス運動に10分が割かれ、「立位、座位にて行う。レクリエーション運動を取り入れても良い」とされています。
また「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は、高齢者に「筋力・バランス・柔軟性など多要素な運動を週3日以上」を推奨しています。バランス運動は単独ではなく、筋トレやストレッチと組み合わせるのが前提です。
ちびウルフ片脚立ちを毎日やっていますが、まだふらつきます。
リハウルフ片脚立ちは静的バランスの訓練です。「振り向くとふらつく」なら、鍛えている場所が違います。動きながら保つ練習を足してください。横歩き、方向転換、つぎ足歩行。こちらのほうが日常に直結します。
安全に行うための条件
バランス訓練は、転倒しそうな状態をわざとつくる訓練です。安全対策なしでは本末転倒になります。
- 必ず手すり・椅子の背・テーブルに手を添える:慣れても外さない
- 前と横に支えがある場所で行う:崩れる方向に何もない場所は避ける
- 床に物がない状態で
- 滑らない靴または裸足:靴下だけは最も滑ります
- 可能なら誰かがそばにいる
- 疲れているときは行わない:疲労時はバランス反応が鈍ります
閉眼での片脚立ちは自宅でしない
目を閉じると、バランスは急激に悪くなります。視覚からの情報が失われるためです。
測定として行われることはありますが、必ず介助者がついた状態で行うものです。自宅で1人で行ってはいけません。
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」も、運動実施中の転倒について「身体機能測定において転倒リスクありと判定された者は要注意であり、重点的にリスク管理を行う必要がある。具体的には、集団体操の際に顕著な身体機能低下が認められた対象者の側にスタッフを配置する、座位での運動を指導する、などの配慮を行う」としています。
静的バランスの訓練
止まった姿勢を保つ練習です。すべて手を添えて行います。
- 両脚立ち(足を閉じて):30秒。足を揃えるだけで難易度が上がります
- つぎ足立ち:一方のかかとに、もう一方のつま先をつけて一直線に立つ。30秒×左右
- 片脚立ち:左右30秒ずつ。5秒からで構いません
- かかと立ち・つま先立ち:それぞれ10秒×3回
難易度の上げ方
いきなり片脚立ちに挑戦せず、段階を踏んでください。
- 両脚を肩幅に開いて立つ(30秒)
- 両脚を閉じて立つ(30秒)
- つぎ足立ち(30秒)
- 片脚立ち(30秒)
各段階で手の支えを「両手→片手→指1本→離す」と減らしていく方法もあります。ただし完全に離すのは、専門職の評価を受けてからにしてください。
動的バランスの訓練
日常の転倒場面に直結するのはこちらです。
- 横歩き:壁づたいに5歩×往復。中殿筋とバランスを同時に鍛えます
- つぎ足歩行:一本線の上を歩くイメージで5歩。難易度が高いので最後に
- 方向転換:その場で回らず、足を踏み替えて大きく回る。左右5回ずつ
- 前後の重心移動:つま先立ちとかかと立ちを交互に20往復
- 左右の重心移動:片脚に体重を乗せて戻す。左右10回
- またぎ動作:床に置いたタオルをまたぐ。往復5回
特に方向転換は重要です。狭いトイレや台所で振り向く場面は、転倒が最も起きやすい状況の一つです。小回りせず、足を細かく踏み替えて回る習慣をつけてください。
後ろ歩きは行わない
バランス訓練として紹介されることがありますが、高齢者が自宅で行うには危険です。後方は視界がなく、崩れたときに手が出ません。後ろ向きに転倒すると、後頭部や腰を強打します。
機能的バランス(二重課題)の訓練
何かをしながら姿勢を保つ練習です。実生活に最も近い訓練になります。
- 足踏みしながら数を数える:座位から始められます
- 歩きながら計算する:100から3ずつ引く、など
- 物を持って歩く:最初は軽いもの、両手で
- 歩きながら話す:会話しながら歩けるかを確認
- コップに水を入れて運ぶ:実生活に直結
コグニサイズという方法
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」は、認知機能低下予防の運動として国立長寿医療研究センターが開発した「コグニサイズ」を紹介しています。体を動かしながら同時に頭を使う方法で、マニュアルが挙げる例には次があります。
- スキップをしながら手拍子
- ウォーキングをしながら計算
- 椅子に座って足踏み・腕振りをしながら3の倍数で手拍子
- ステップ台の昇降運動をしながら語想起
座って行う3つ目なら、転倒の心配なく始められます。
二重課題は「歩きながら」を安易に始めない
歩きながら計算するのは、実際に転倒しやすい状態をつくることでもあります。まずは座位や、手すりにつかまった足踏みから始めてください。
日常生活では逆に、「歩くときは話しかけない」ことが転倒予防になります。訓練と生活は分けて考えてください。
片脚立ちの秒数は年代で違う|厚労省の基準値
「片脚立ちは何秒できればいいのか」はよく聞かれますが、年代によって基準がまったく違います。
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」には「別添資料2-4 年齢別体力基準値表」が収載されています。地域在住高齢者の体力測定データをもとに算出されたもので、市町村の介護予防事業で参加者にフィードバックする際の参考値とされています。
片脚立位時間(秒)の平均値|原文より
| 年代 | 平均値±標準偏差 | 最も低い区分(★1) |
|---|---|---|
| 65〜69歳 | 40.8±20.7秒 | 17.0秒以下 |
| 70〜74歳 | 32.5±21.6秒 | 10.0秒以下 |
| 75〜79歳 | 25.5±19.9秒 | 6.0秒以下 |
| 80歳以上 | 16.2±17.9秒 | 3.0秒以下 |
注目すべき点が2つあります。
- 80歳以上の平均は16.2秒:65〜69歳の平均40.8秒と比べて4割以下。「15秒できないとダメ」という一律の目安は、80代には当てはまりません
- 標準偏差が非常に大きい:80歳以上で±17.9秒。同じ年代でも個人差が極端に大きいことを示しています
つまり、他人と比べる意味は薄く、自分の記録の変化を見るほうが有用だということです。3か月前の自分と比べてどうか。そこに意味があります。
Timed Up & Go(TUG)という指標
同マニュアルは、体力測定として「5m歩行時間(通常・最大)・Timed Up & Go Test・開眼片足立ち時間・5回立ち上がりテスト・握力等を測定することが望ましい」としています。
TUGは、椅子から立ち上がり → 3m歩いて → 方向転換 → 戻って → 座るまでの時間を測る検査です。立ち上がり・歩行・方向転換・着座が一連で含まれるため、動的バランスを総合的に評価できます。
Timed up & go(秒)の平均値|原文より
| 年代 | 平均値±標準偏差 | 最も低い区分(★1) |
|---|---|---|
| 65〜69歳 | 6.34±1.15秒 | 7.20秒超 |
| 70〜74歳 | 6.94±1.28秒 | 7.80秒超 |
| 75〜79歳 | 7.44±1.51秒 | 8.60秒超 |
| 80歳以上 | 8.69±2.21秒 | 10.30秒超 |
片脚立ちが「止まった姿勢を保つ力(静的)」を見るのに対し、TUGは方向転換を含む動的バランスを見ます。日常の転倒場面に近いのはTUGのほうです。
測定は必ず見守りのもとで
TUGも片脚立ちも、転倒のリスクを伴う測定です。自宅で試す場合は必ず誰かがそばにつき、周囲に物がない場所で行ってください。速さを競うものではありません。
正確な測定と評価は、通所リハビリ・訪問リハビリ・市町村の介護予防事業で受けられます。
バランスを支える3つの感覚
バランスは筋力だけで保たれているわけではありません。3つの感覚からの情報を脳が統合して、姿勢を調整しています。
| 感覚 | 役割 | 低下すると |
|---|---|---|
| 視覚 | 周囲との位置関係を把握 | 暗い場所で急にふらつく |
| 前庭覚(内耳) | 頭の傾きと動きを感知 | 振り向く・見上げるとふらつく |
| 体性感覚(足裏・関節) | 床の状態と関節の位置を感知 | 不整地・厚いマットでふらつく |
どの感覚が弱っているかで、ふらつく場面が違います。
- 暗いところだけふらつく:視覚に頼っている=ほかの2つが弱っている可能性。照明の改善が有効
- 上を向くとふらつく:前庭覚の問題。高い棚の物を取る動作に注意。耳鼻科での相談も
- カーペットや畳でふらつく:足裏の感覚低下。糖尿病がある方は特に注意
夜間の転倒が多い理由
暗い=視覚が使えない。寝起き=血圧が下がっている。急いでいる=注意が排泄に向いている。この3つが重なるのが夜間のトイレです。
だからこそ、人感センサーの足元灯は費用対効果が最も高い転倒対策になります。訓練より先に、まずここを整えてください。
足裏の感覚を保つ
- 足裏をさする・揉む:1日1分でも刺激になります
- 足指のグー・パー:20回
- タオルギャザー:床のタオルを足指でたぐり寄せる。10回
- 裸足で家の中を歩く:安全な範囲で。床の感触を足裏で感じる
- 爪・皮膚の状態を保つ:巻き爪やタコは感覚も歩行も妨げます
糖尿病がある方は、足裏の感覚低下に加えて傷に気づきにくいという問題があります。毎日足を見る習慣をつけ、傷や変色があれば早めに受診してください。
どのくらい続ければ変わるか
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」が示す介護予防教室のプログラム例は、3か月(12週間)で合計30〜36時間という設計です。1日あたりに直すと約20分になります。
| パターン | 1回 | 頻度 | 期間 | 合計 |
|---|---|---|---|---|
| 例1 | 1.5時間 | 週2回 | 12週間 | 36時間 |
| 例2 | 0.5時間 | 教室 週1回+自宅 週4回 | 12週間 | 30時間 |
注目すべきは例2です。自宅での週4回がプログラムに組み込まれています。つまり制度の設計上、「週1回の教室やデイサービスに行くだけ」では足りないと想定されているということです。
そしてマニュアルは、短期集中プログラムについて「中長期的に効果が持続するわけではない」とし、終了後に個人または集団で運動を継続できるようになることを目指すとしています。教室は卒業が前提で、そこで自宅の習慣をつくれるかが分かれ目です。
バランスが崩れる原因を切り分ける
訓練しても改善しない場合、原因が別にあることがあります。
| 原因 | 特徴 | 対応 |
|---|---|---|
| 筋力低下(特に中殿筋) | 歩くと体が左右に揺れる | 横への脚上げ、横歩き |
| 足首の硬さ・感覚低下 | 不整地でふらつく | ストレッチ、足裏の刺激 |
| めまい・平衡感覚の問題 | 頭の位置を変えるとふらつく | 耳鼻科での相談 |
| 視力の低下 | 暗い場所で特に不安定 | 眼科受診、照明の改善 |
| 薬の影響 | 薬の変更後に増えた | 主治医・薬剤師に相談 |
| 起立性低血圧 | 立ち上がった直後にふらつく | ゆっくり起きる、30秒座る |
| 神経の病気 | 進行性、しびれを伴う | 受診 |
特に薬の影響と起立性低血圧は見落とされがちです。「訓練しているのにふらつきが増えた」という場合、まずこの2つを確認してください。転倒予防全般は高齢者の転倒予防|原因と自宅でできる対策をご覧ください。
転倒への不安も訓練の対象
厚生労働省の基本チェックリストには、「転倒に対する不安は大きいですか」という項目があります。不安そのものが公式のリスク因子として扱われているということです。
転ぶのが怖い → 外出しない → 筋力もバランスも落ちる → さらに転びやすくなる。この悪循環は現場で最もよく見ます。
「気をつけて」と声をかけても不安は減りません。手すりを付ける、歩行器を使う、照明を明るくする。物理的な安心材料を用意するほうが、結果として活動量が戻ります。
よくある質問
片脚立ちだけでは足りませんか?
足りません。片脚立ちは静的バランスの訓練です。日常で転ぶのは振り向いたとき、またいだとき、物を持ったときなので、動的・機能的バランスの訓練を足してください。
片脚立ちは何秒できればいいですか?
一般的な目安として手を離した状態で15秒以上とされることが多いです(確度:中)。ただし自宅では必ず手を添えて行い、秒数より毎日続けることを優先してください。
目を閉じて行ってもいいですか?
自宅では行わないでください。視覚情報が失われるとバランスは急激に悪くなります。測定として行う場合も、必ず介助者がついた状態で実施するものです。
手を離して行うべきですか?
慣れても手は添えたままで構いません。支えを減らす場合は「両手→片手→指1本」と段階を踏み、完全に離すのは専門職の評価を受けてからにしてください。
後ろ歩きは効果がありますか?
高齢者が自宅で行うには危険です。後方は視界がなく、崩れたときに手が出ません。後ろ向きの転倒は後頭部や腰を強打するため、避けてください。
方向転換でよくふらつきます。
その場で小回りせず、足を細かく踏み替えて大きく回ってください。狭いトイレや台所での振り向きは、転倒が最も起きやすい場面の一つです。
歩きながら計算する訓練はどうですか?
実生活に近い有効な訓練ですが、転倒しやすい状態をつくることでもあります。まず座位や、手すりにつかまった足踏みから始めてください。日常生活では逆に、歩行中は話しかけないほうが安全です。
訓練しているのにふらつきが増えました。
薬の影響と起立性低血圧をまず確認してください。薬の変更後に増えた場合は主治医・薬剤師に相談を。立ち上がった直後にふらつくなら、起き上がって30秒座ってから立つ習慣が有効です。
座ったままでもバランス訓練はできますか?
できます。座って足踏みしながら数を数える、上体を左右にひねる、といった方法があります。厚労省マニュアルも、身体機能が低下している人には座位での運動を指導するよう配慮を求めています。
転ぶのが怖くて動けません。
その不安自体が、厚労省の基本チェックリストに含まれるリスク因子です。「気をつけて」では減りません。手すり・歩行器・照明といった物理的な安心材料を用意するほうが、活動量が戻ります。
まとめ
- バランスには静的・動的・機能的の3種類がある
- 日常で転ぶのは動的・機能的バランスが崩れる場面
- 片脚立ちは静的バランスの訓練にすぎない
- 厚労省の基準値では片脚立位の平均が65〜69歳40.8秒、80歳以上16.2秒と年代差が大きい
- 標準偏差も大きく、他人と比べるより自分の変化を見るほうが有用
- TUGは方向転換を含み、日常の転倒場面に近い指標
- 厚労省マニュアルも3種類のどれが衰えているかで個別に組むとしている
- バランス運動は筋トレ・ストレッチと組み合わせる(多要素な運動を週3日以上)
- 必ず手すりや椅子の背に手を添えて行う
- 靴下だけは最も滑るため避ける
- 閉眼での片脚立ちは自宅で行わない
- 静的は両脚→足を閉じる→つぎ足→片脚の順に難易度を上げる
- 動的では横歩き・方向転換・またぎ動作が日常に直結する
- 後ろ歩きは視界がなく危険なので行わない
- 二重課題は座位や足踏みから始める
- 日常生活では歩行中に話しかけないほうが安全
- 改善しない場合は薬の影響と起立性低血圧を確認する
- 転倒への不安は公式のリスク因子。物理的な安心材料で対応する
参考にした情報
- 厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」(令和4年3月)第2章 運動器の機能向上マニュアル
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」(令和6年1月)
- 厚生労働省「介護予防マニュアル 第4版」
- 健康日本21アクション支援システム「推奨シート:高齢者版」
※本記事のバランスの分類・プログラムの位置づけ・安全配慮に関する記述は、厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」および「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」にもとづいて整理したものです。片脚立ちの秒数の目安など一部の数値は二次情報にもとづくもので、厚生労働省の告示・通知として定められたものではありません(確度:中)。訓練メニューの選び方や難易度の上げ方に関する記述は、リハビリテーション領域で一般に用いられている整理および筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづくものです。バランス訓練は、転倒しそうな状況を意図的につくる訓練です。必ず支えのある環境で行い、可能であれば誰かがそばにいる状態で実施してください。適切な難易度は個人によって大きく異なります。不安がある場合は、担当の理学療法士に評価を受けてから行ってください。制度に関する記述は2026年9月時点の内容として整理していますが、その後の改定により取扱いが変わる可能性があります。





