人工股関節でやってはいけないことは、受けた手術の進入方向(アプローチ)によって変わります。「脚を組んではいけない」「深くしゃがんではいけない」という説明をよく見ますが、それは後方アプローチの場合の話です。前方アプローチでは、危ない姿勢がむしろ逆方向になります。

つまり、ネットで見た禁止事項をそのまま当てはめるのが最も危険です。この記事では、アプローチごとの違いを整理したうえで、生活動作の具体的な工夫と、人工関節ならではの注意点(感染・緩み)までまとめました。

この記事でわかること

  • 人工股関節で脱臼が起こる仕組み
  • 後方アプローチと前方アプローチで禁忌肢位が逆になること
  • 日常動作ごとの具体的な工夫
  • 靴下・爪切り・入浴の対処法
  • 術後のリハビリの流れ
  • 人工関節は感染に弱いという事実と歯科治療での注意
  • 人工関節の「緩み」のサイン
  • 医療保険のリハビリの日数と起算日

人工股関節でやってはいけないこと

人工股関節置換術(THA)は、傷んだ股関節を人工の関節に置き換える手術です。痛みが取れ、歩けるようになる効果は大きい一方で、自分の関節より脱臼しやすいという特性があります。

脱臼が起こるのは、人工の骨頭が受け皿(カップ)から外れる方向に動いたときです。その「外れる方向」が、手術でどこから関節に入ったかによって違います。

アプローチ脱臼しやすい姿勢(避けるべき動き)
後方アプローチ股関節を深く曲げる内側に寄せる内側にひねる
前方アプローチ股関節を後ろに伸ばす外側にひねる

最初に確認すべきこと

ご自身(ご家族)がどのアプローチで手術を受けたかを必ず確認してください。手術記録や退院時の説明書に記載があります。分からない場合は、執刀した病院に問い合わせてください。

また、近年は脱臼しにくい設計の人工関節や手技もあり、制限が緩やかな場合や、ほとんど制限を設けない場合もあります。最終的には執刀医の指示が最優先です。この記事の内容は一般的な整理であり、個別の指示に置き換わるものではありません。

後方アプローチで避ける動作

  • 脚を組む:内転+内旋の複合動作で、最も脱臼しやすい姿勢の一つ
  • 床に座る・正座から横に崩れる
  • 低い椅子・低いトイレに座る:股関節が深く曲がります
  • 前かがみで床の物を拾う:椅子に座った状態で足元の物を取るのも危険
  • 横向きで寝るときに上の脚が内側に落ちる:膝の間にクッションを
  • つま先を内側に向けて体をひねる:立ったまま後ろを振り向く動作

前方アプローチで避ける動作

  • 脚を後ろに大きく引く:大股で後ろに下がる、背伸びして高い物を取る
  • つま先を外に向けたまま体をひねる
  • うつ伏せで脚を反らせる

前方アプローチは、「しゃがむ」「脚を組む」といった動作の制限が後方より少ないのが特徴です。後方アプローチ向けの情報をそのまま守ると、必要以上に生活を制限することになります。

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ネットで「一生正座はできない」と書いてありました。

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手術の方法と、担当医の方針によります。禁止の場合もあれば、条件付きで可の場合もあります。一般論ではなく、執刀医に「自分は何をしていいのか」を聞いてください。制限の内容は退院時に書面で確認しておくのが確実です。

日常動作の具体的な工夫

ここでは、制限が多い後方アプローチを想定した工夫を挙げます。前方アプローチの方は、該当しないものもあります。

場面工夫
靴下を履くソックスエイドを使う。脚を組んで履かない
爪を切る柄の長い爪切り、または家族に依頼する
床の物を拾うリーチャー(マジックハンド)を使う
椅子座面の高い椅子を選ぶ。肘掛けがあると立ちやすい
トイレ洋式・高めの便座に。補高便座という選択肢もある
入浴シャワーチェア(高め)を使う。浴槽をまたぐときは手すりを
寝るとき横向きなら両膝の間にクッション。仰向けが無難
車の乗り降り座面が低い車は要注意。お尻から座って両脚を揃えて回す
かがまずに履ける靴。靴べらを長いものに

最も効くのは「高さを上げること」

椅子・便座・ベッド・シャワーチェア。これらの座面を高くするだけで、股関節が深く曲がる場面がまとめて減ります。動作を我慢して覚えるより、家具の高さを変えるほうが確実です。補高便座やシャワーチェアは特定福祉用具販売、手すりは住宅改修や福祉用具貸与の対象になる場合があります。ケアマネジャー・福祉用具専門相談員にご相談ください。

術後のリハビリの流れ

術後すぐ

  • 足首の曲げ伸ばし:血栓(深部静脈血栓症)の予防。回数の制限はありません
  • 深呼吸:肺炎の予防
  • お尻・太ももに力を入れる運動:関節を動かさずに筋力を保つ
  • ベッドを起こして座る:離床の開始

術後数日〜2週間

  • 立位・歩行器での歩行:体重をかけてよい範囲は医師が指示します
  • 股関節周囲の筋力トレーニング:特に中殿筋(お尻の横)
  • 禁忌肢位を避ける動作の練習:これがリハビリの中心になります
  • 階段・トイレ・入浴の練習

退院後

  • 中殿筋のトレーニングを続ける:横への脚上げ。歩行時の安定に直結します
  • ウォーキング:距離を少しずつ伸ばす
  • 体重管理:人工関節への負担を減らす
  • 転倒予防:転倒は脱臼と骨折の両方の原因になります

特に重要なのが中殿筋です。ここが弱いと歩くたびに骨盤が落ち、体が左右に揺れます。筋力トレーニングの具体的な方法は高齢者の筋トレメニュー9選で解説しています。

転倒対策は高齢者の転倒予防|原因と自宅でできる対策をご覧ください。

脱臼したらどうなるか

脱臼は、ほとんどの場合激しい痛みとともに突然起こります。「いつの間にか外れていた」ということはまずありません。

脱臼が疑われる症状

  • 股関節に激痛が走り、動かせない
  • 脚の長さが明らかに変わった
  • 脚が不自然な向きに固定されたまま戻らない
  • 体重をかけられない

この場合は無理に動かさず、救急要請または手術を受けた病院に連絡してください。自分で戻そうとしてはいけません。

脱臼の整復(元に戻す処置)は医療機関で行います。多くは麻酔下で用手的に戻せますが、繰り返す場合は再手術が検討されることもあります。1回目の脱臼を起こした人は再発しやすいため、その後の生活動作の見直しが重要になります。

術後に多い「跛行が残る」問題

痛みは取れたのに、歩き方が左右に揺れる(トレンデレンブルグ歩行などと呼ばれます)。これは現場で非常によく相談される内容です。

原因の多くは中殿筋の筋力低下です。手術前から長期間かばって歩いていた場合、この筋肉はすでに落ちています。手術は痛みの原因を取り除きますが、落ちた筋肉を戻してくれるわけではありません。

  • 横への脚上げ:立位または横向きで、上体をまっすぐ保ったまま脚を横に20〜30度上げる。左右10回×2セット
  • 片脚立ち:手すりに手を添えて、左右30秒ずつ。骨盤が落ちないよう意識する
  • ブリッジ:仰向けで膝を立て、お尻を持ち上げる。10回×2セット
  • 横歩き:壁づたいに5歩×往復。中殿筋とバランスを同時に鍛える

ポイントは「上体を倒して脚を上げない」ことです。体を傾けると別の筋肉で代償してしまい、中殿筋には効きません。上げる角度は狭くて構わないので、体をまっすぐ保ってください。

術前の筋力が術後を決める

手術が決まっている段階でも、痛みの出ない範囲で筋力トレーニングを続けてください。現場の実感として、術前に筋力を落とし切った方ほど術後の歩行が安定するまで時間がかかります。「手術するから今はいい」ではなく、「手術するからこそ今やる」が正解です。

人工関節は感染に弱い

これは見落とされやすい、しかし極めて重要な点です。

人工関節は体にとって異物であり、一度細菌が付着すると抗菌薬だけでは治りにくいという特性があります。血液に乗って細菌が運ばれ、人工関節に定着することがあるためです。

感染予防のために

  • 歯科治療(特に抜歯)の前は、人工関節があることを歯科医に伝える
  • 整形外科にも歯科治療の予定を伝える
  • 虫歯・歯周病を放置しない
  • 皮膚の傷、水虫、巻き爪などを放置しない
  • 発熱を伴う感染症(肺炎・尿路感染など)にかかったら、人工関節があることを医師に伝える

また、次のような症状は感染や緩みのサインである可能性があります。

  • 手術した部分が赤く腫れる、熱を持つ
  • 原因のはっきりしない発熱が続く
  • いったん治まった痛みがぶり返した
  • 歩くと脚のつけ根が痛む、体重をかけると痛い
  • 脚の長さが変わった感じがする

「手術したのだからこんなものだろう」と我慢しないでください。感染も緩みも、早く見つかるほど対処の選択肢が多くなります。

リハビリ計画は多職種で立てられる

入院中のリハビリは、担当の理学療法士が一人で決めているわけではありません。診療報酬にはリハビリテーション総合計画評価料という区分があり、次のように定められています。

告示の記載(原文より)

医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士等の多職種が共同してリハビリテーション計画を策定し、当該計画に基づき(中略)運動器リハビリテーション料(中略)を算定すべきリハビリテーションを行った場合に、患者1人につき1月に1回に限り算定する」

つまり計画は多職種で立てられ、月1回は見直される建て付けです。人工股関節の術後であれば、脱臼予防の指導、動作の獲得目標、退院の見通しがこの計画に含まれます。

「今どんな計画で、何を目標に進んでいるのか」は説明を受けられる内容です。特に、してよい動作・避けるべき動作は退院後の生活を左右するため、書面で受け取っておくことをおすすめします。

回復期病棟なら自宅を見てもらえる

入院時訪問指導加算(告示より)

「当該保険医療機関の医師、看護師、理学療法士、作業療法士又は言語聴覚士が、患家等を訪問し、当該患者(回復期リハビリテーション病棟入院料を算定する患者に限る。)の退院後の住環境等を評価した上で、当該計画を策定した場合に、入院時訪問指導加算として、入院中1回に限り、150点を所定点数に加算する」

人工股関節では、自宅の椅子・便座・ベッド・浴槽の高さが、そのまま禁忌肢位を取るかどうかに直結します。実際の家を見てもらえれば、「この椅子は低すぎるので替えましょう」「この浴槽のまたぎ方はこうしましょう」という具体的な指導が受けられます。

回復期リハビリテーション病棟に入院している場合は、「退院前に自宅を見てもらえますか」と医療ソーシャルワーカーに相談してみてください。

医療保険のリハビリと起算日

診療報酬の運動器リハビリテーション料は、告示の原文で「発症、手術若しくは急性増悪又は最初に診断された日から150日を限度として」算定するとされています。人工股関節置換術を受けた場合は手術日が起算日になります。

区分点数(1単位=20分)
運動器リハビリテーション料(Ⅰ)185点
運動器リハビリテーション料(Ⅱ)170点
運動器リハビリテーション料(Ⅲ)85点

入院中は、早期リハビリテーション加算(1単位60点/4日目以降25点、入院日から14日)、初期加算(45点/手術から14日)などが加算されます。加算が最初の14日に集中しているのは、早期の介入が結果を左右するためです。

150日を超えた場合は原則として1月13単位までですが、「治療を継続することにより状態の改善が期待できると医学的に判断される場合」等の除外規定があります。要介護・要支援の認定があれば、介護保険の訪問リハビリ・通所リハビリを日数制限なく利用できます。

よくある質問

人工股関節でやってはいけないことは何ですか?

手術の進入方向によって異なります。後方アプローチでは深く曲げる・内側に寄せる・内側にひねる動作、前方アプローチでは後ろに伸ばす・外側にひねる動作が脱臼のリスクになります。まず自分がどちらの手術だったかを確認してください。

脚を組んではいけませんか?

後方アプローチでは避けるべき動作です。前方アプローチでは制限が異なります。近年は脱臼しにくい設計・手技もあり、制限が緩やかな場合もあるため、執刀医の指示を確認してください。

正座はできますか?

手術方法と担当医の方針によります。一律に禁止とは限りません。「一生できない」といった一般論ではなく、執刀医に確認してください。退院時に書面で確認しておくと確実です。

靴下が履けません。

ソックスエイドという自助具があります。脚を組んだり深く曲げたりせずに履けます。爪切りには柄の長いもの、床の物にはリーチャーを使います。作業療法士が最も得意とする領域です。

いつから歩けますか?

多くは術後早期から歩行器などを使って歩行練習を始めます。体重をどこまでかけてよいかは医師が指示します。骨の状態や手術内容によって異なるため、必ず指示を確認してください。

歯科治療のとき注意することはありますか?

人工関節が入っていることを必ず歯科医に伝えてください。血液に乗った細菌が人工関節に定着して感染を起こすことがあるためです。整形外科にも歯科治療の予定を伝えてください。

人工関節は何年もちますか?

年数は材質・年齢・活動量などによって大きく異なるため、一律には言えません。定期的に受診して、緩みや摩耗の有無を確認してもらうことが重要です。受診間隔は主治医の指示に従ってください。

痛みがぶり返したのですが。

感染や緩みのサインである可能性があります。「手術したのだからこんなものだろう」と我慢せず、整形外科を受診してください。早く見つかるほど対処の選択肢が多くなります。

リハビリはいつまで受けられますか?

医療保険の運動器リハビリテーション料は手術日から150日が限度です。150日を超えた場合も1月13単位までの算定や、医学的に改善が期待できる場合の除外規定があります。介護保険のリハビリは日数制限がありません。

退院後も自主トレは必要ですか?

必要です。特に中殿筋(お尻の横)のトレーニングは歩行の安定に直結します。厚労省の身体活動・運動ガイド2023も、高齢者に筋力トレーニングを週2〜3日推奨しています。

まとめ

  • 人工股関節の禁忌肢位は、手術の進入方向によって変わる
  • 後方アプローチは深く曲げる・内転・内旋が危険
  • 前方アプローチは後ろに伸ばす・外旋が危険で、しゃがむ制限は少ない
  • ネットの一般論をそのまま当てはめるのが最も危険
  • 近年は制限が緩やかな場合もあり、執刀医の指示が最優先
  • 靴下はソックスエイド、床の物はリーチャーで対応する
  • 最も効く対策は椅子・便座・ベッドの「高さを上げる」こと
  • 術後すぐは足首の運動と深呼吸から。血栓と肺炎の予防
  • 退院後も中殿筋のトレーニングを続ける
  • 人工関節は感染に弱く、抗菌薬だけでは治りにくい
  • 歯科治療の前は必ず人工関節があることを伝える
  • 赤み・腫れ・発熱・痛みのぶり返しは受診のサイン
  • 運動器リハビリテーション料は手術日から150日が限度
  • 加算は入院から14日に集中しており、早期介入が重視されている
  • リハビリ計画は多職種で策定され、月1回見直される
  • してよい動作・避けるべき動作は書面で受け取っておく
  • 回復期病棟なら入院時訪問指導加算(150点)で自宅を見てもらえる

参考にした情報

※本記事の点数・算定要件は、診療報酬の算定方法(平成20年厚生労働省告示第59号)にもとづいて整理したものです。脱臼肢位・禁忌動作・術後の制限に関する記述は、整形外科領域で一般に用いられている整理および筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづくものであり、厚生労働省の告示・通知として定められたものではありません(確度:中)。実際の制限は、手術の進入方向、人工関節の種類、骨の状態、執刀医の方針によって大きく異なります。必ず執刀医および担当の理学療法士の指示に従ってください。本記事の内容が個別の指示に優先することはありません。福祉用具・住宅改修の給付範囲は市町村(保険者)によって運用が異なります。制度に関する記述は2026年9月時点の内容として整理していますが、その後の改定により取扱いが変わる可能性があります。

ABOUT ME
リハウルフ
理学療法士/介護支援専門員/「リハコネ式!訪問リハのためのルールブック」監著・編集/「訪問リハビリマガジン」編集長/他に3メディアの編集長/ YouTube「リハウルフ」運営/セミナー経験多数/厚生労働省のホームページを見ることが趣味