移乗介助のやり方|ベッドと車椅子の手順

移乗介助でまず知っておくべきなのは、厚生労働省が「原則として人力による人の抱上げは行わせないこと」と明記しているという事実です。これは精神論ではなく、労働基準局長通達(基発0618第1号)の「職場における腰痛予防対策指針」に書かれている文言です。
つまり、正しい移乗介助とは「上手に持ち上げる技術」ではなく、「持ち上げずに済ませる段取り」のことです。この記事では、指針の原文を確認したうえで、ベッドと車椅子の間の具体的な手順、環境の整え方、どうしても抱え上げざるを得ないときの条件までを整理しました。
この記事でわかること
- 厚労省の指針が示す移乗介助の大原則
- 介助前に整えるべき3つの環境(特にベッドの高さ)
- 起き上がりから端座位までの手順
- 立ち上がりの介助で力を使わないコツ
- ベッドから車椅子への具体的な移乗手順
- 麻痺がある場合にどちら側へ移乗するか
- 抱え上げざるを得ないときの最低条件
- スライディングボード・リフトと介護保険の関係
移乗介助の大原則|抱え上げない
厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(平成25年6月18日 基発0618第1号)は、介護・看護作業について次のように定めています。
指針の原文(抱上げ)
「移乗介助、入浴介助及び排泄介助における対象者の抱上げは、労働者の腰部に著しく負担がかかることから、全介助の必要な対象者には、リフト等を積極的に使用することとし、原則として人力による人の抱上げは行わせないこと。また、対象者が座位保持できる場合にはスライディングボード等の使用、立位保持できる場合にはスタンディングマシーン等の使用を含めて検討し、対象者に適した方法で移乗介助を行わせること」
ここから導かれる判断の順序は明確です。
| 本人の状態 | 指針が示す方法 |
|---|---|
| 立位保持ができる | 立位を活かした移乗、スタンディングマシーン等 |
| 座位保持ができる | スライディングボード等 |
| 全介助が必要 | リフト等を積極的に使用 |
指針は「対象者の残存機能等の活用」も明記しています。自立歩行・立位保持・座位保持が可能かによって方法を選べ、という考え方です。できることまで介助してしまうのは、本人の機能を奪うだけでなく、介助者の腰も壊します。
ちびウルフ家族の介護でも、リフトなんて必要なんですか?
リハウルフ全介助の方を毎日何回も移乗するなら、必要だと考えてください。この指針は事業者向けですが、腰にかかる負担は家族でも同じです。介護者が腰を壊した時点で、在宅生活は終わります。リフトも介護保険のレンタル対象です。
移乗介助の前に整える3つの環境
手順より先に、これを整えるかどうかで難易度が半分になります。
ベッドの高さ
指針は、ベッドサイドの介護作業について「労働者が立位で前屈にならない高さまで電動で上がるベッドを使用し、各自で作業高を調整させること」としています。具体的な目安として、「ベッドの高さは、労働者等がベッドサイドに立って大腿上部から腰上部付近まで上がることが望ましい」と書かれています。
ただし移乗のときは話が別です。本人が立ち上がる場面では、本人の足がしっかり床につき、膝が90度より少し高くなる高さに下げます。ベッドが高すぎると本人はずり落ち、低すぎると立ち上がれません。介助のときは上げる、移乗のときは下げる。高さ調整は1回の介助の中で2回行うのが正解です。
車椅子の位置と角度
ベッドに対して20〜30度の角度でつけます。真横(平行)だと体をひねる距離が長くなり、真正面だと座る位置に入りません。斜めが最も回転量が少なくなります。
そしてブレーキは必ず両側。フットレスト(足のせ)は跳ね上げるか外す。ここを飛ばした事故が最も多いです。
アームレスト(肘置き)
指針も「スライディングボードを利用して、ベッドと車いす間の移乗介助を行うには、肘置きが取り外し又は跳ね上げ可能な車いすが必要である」としています。車椅子を選ぶ段階で、アームレストが上がるタイプかどうかを確認してください。福祉用具専門相談員に「移乗にボードを使う可能性がある」と伝えれば適切なものを提案してもらえます。
最初に「今から車椅子に移りますよ」と伝える
手順の話ではありませんが、これを抜くと体が固まって重くなります。声をかけ、本人が身構えてから動き出す。それだけで必要な力がまったく変わります。
起き上がりから端座位までの介助
移乗の前段階です。ここで消耗すると移乗まで持ちません。
- ベッドを介助者が前屈しない高さまで上げ、声をかける
- 本人に横向き(側臥位)になってもらう。自分でできない場合は、膝を立てて倒す方向へ誘導すると軽く回せる
- 両膝をベッドの端から下ろす
- 一方の手で本人の首の下から肩甲骨を支え、もう一方で骨盤または膝を支える
- 下ろした脚の重みを使い、上体を起こすのではなく「回転させる」意識で起こす
- 端座位になったら、足裏が床につく高さまでベッドを下げる
- すぐ立たず、30秒ほど座って様子を見る(起立性低血圧の確認)
ポイントは5番目です。上体を引き上げようとすると腰にきます。脚が下がる重さを使って、てこの原理で起こすのが正解です。
立ち上がりの介助
力がいらない立ち上がりには条件があります。
- 足を引く:かかとが膝より後ろにくる位置に。これがないと絶対に立てません
- 浅く座り直す:お尻を座面の前のほうへ移動させる
- お辞儀をする:頭が足より前に出るまで前傾する。垂直に持ち上げるのではなく、前へ
- 介助者は正面ではなく斜め前:正面に立つと本人の前傾を邪魔します
- 脇や腰を支える:腕を引っ張らない。肩関節を痛めます
特に3番目です。人は前傾しなければ立てません。健常者でも、背中を椅子につけたまま立つことは不可能です。「立って」ではなく「おじぎしてください」と声をかけるほうが、実際にはうまくいきます。
ベッドから車椅子への移乗手順
立位保持ができる方の場合の基本手順です。
- 車椅子をベッドに対して20〜30度でつけ、両側のブレーキをかけ、フットレストを上げる
- 本人に端座位になってもらい、足裏が床につく高さにベッドを調整する
- 本人の足を引き、浅く座り直してもらう
- 介助者は斜め前に立ち、膝で本人の膝が崩れないよう軽く支える
- 「おじぎしてください」と声をかけ、前傾に合わせて立ち上がりを支える
- 完全に立ち上がりきらなくてよい。中腰のまま、足を細かく動かして方向を変える
- 車椅子の座面を確認し、ゆっくり座ってもらう。ここでも介助者が持つのではなく、本人に前傾したまま下ろしてもらう
- 深く座り直し、フットレストを下ろして足を乗せる
6番目が最大のコツです。立ち切らせようとすると、かえって難しくなります。お尻が座面から浮けば方向転換はできます。「立たせる」ではなく「浮かせて回す」と考えてください。
麻痺がある場合はどちら側へ移乗するか
原則として健側(麻痺のない側)へ移乗します。健側の手で車椅子のアームレストをつかめるためです。車椅子は健側に置いてください。
ただしこれは絶対ではありません。住宅の構造上どうしても患側になる場合や、リハビリの目的で患側への移乗を練習することもあります。担当の理学療法士・作業療法士から指示があればそれに従ってください。
車椅子からベッドへ戻すとき
基本は逆の手順ですが、注意点が違います。
- ベッドの高さを車椅子の座面と同じか、やや低くする:高いと座れません
- フットレストを必ず上げてから立つ:足がひっかかる事故はここで起きます
- 座る位置を先に決めておく:浅く座らせてしまうと、後でずり上げる作業が発生し、そこで腰を痛めます
- ずり上げが必要ならスライディングシートを使う:抱えて引き上げない
指針も「移乗作業や移動時に対象者の残存機能を活かしながら、スライディングボードやスライディングシートを利用して、垂直方向への力を水平方向に展開することにより、対象者を抱え上げずに移乗・移動できる場合がある」としています。持ち上げるのではなく、滑らせる。これが指針の考え方です。
抱え上げざるを得ないときの最低条件
指針は、福祉用具が使えない場合の条件も定めています。
指針の原文(作業の実施体制)
「福祉用具の使用が困難で、対象者を人力で抱え上げざるを得ない場合は、対象者の状態及び体重等を考慮し、できるだけ適切な姿勢にて身長差の少ない2名以上で作業すること」
解説部分にはさらに具体的な注意があります。「複数人での抱上げは重量の軽減はできても、前屈や中腰等の不自然な姿勢等による腰痛の発生リスクは残るため、抱え上げる対象者にできるだけ近づく、腰を落とす等、腰部負担を少しでも軽減する姿勢で行うこと。また、お互いの身長差が大きいと腰部にかかる負荷が不均等になるため、注意すること」。
身長差への言及は、実務ではほとんど意識されていない点です。背の高い職員と低い職員で2人介助をすると、低いほうに負荷が集中します。2人いれば安全、ではありません。
不自然な姿勢を避ける5つの方法
指針の解説が挙げている具体策です。
- 対象者にできるだけ近づいて作業する
- ベッドや作業台等の高さを調節する
- 作業面が低くて調節できない場合は、椅子に腰掛けて作業するか、ベッドや床に膝を着く(膝パッドの装着が望ましい)
- 対象者に正面を向けて作業できるよう、体の向きを変える
- 十分な介助スペースを確保し、手すりや持ち手つきベルト等の補助具を活用して姿勢の安定を図る
福祉用具と介護保険
移乗に使える福祉用具は、介護保険の対象になるものがあります。
| 用具 | 使う場面 | 介護保険の区分 |
|---|---|---|
| スライディングボード | 座位保持ができる方の横移動 | 福祉用具貸与(移動用リフトのつり具以外の部分等) |
| スライディングシート | ベッド上での上方移動・体位変換 | 対象外の場合が多い(自費購入) |
| 移動用リフト | 全介助の方の移乗 | 福祉用具貸与 |
| リフトのつり具部分 | 同上 | 特定福祉用具販売(購入) |
| 介護ベッド(特殊寝台) | 高さ調整に必須 | 福祉用具貸与 |
| 手すり(据置型) | 立ち上がりの補助 | 福祉用具貸与 |
※区分の詳細や要介護度による給付制限は市町村・保険者によって運用が異なる場合があります。必ずケアマネジャー・福祉用具専門相談員にご確認ください(確度:中=制度の大枠は確認済みですが、個別の品目判断は保険者の解釈によります)。
介護ベッド(特殊寝台)は原則として要介護2以上が貸与の対象ですが、要介護1以下でも例外給付が認められる場合があります。「対象外です」と言われて諦める前に、例外給付の可能性をケアマネジャーに確認してください。
リフトは「大げさ」ではない
指針が全介助の対象者に対して「リフト等を積極的に使用すること」としている以上、リフトの導入は特別なことではなく標準的な選択肢です。導入をためらっているうちに介助者が腰痛を起こし、在宅生活が続けられなくなるケースを現場では何度も見ています。
よくある質問
移乗介助で腰を痛めないコツはありますか?
最大のコツは「抱え上げないこと」です。厚労省の腰痛予防対策指針も、原則として人力による抱上げは行わせないとしています。ベッドの高さ調整、車椅子の角度、スライディングボードの活用で、持ち上げる場面自体をなくすのが正解です。
車椅子はベッドのどちら側に置きますか?
麻痺がある場合は原則として健側(麻痺のない側)です。健側の手でアームレストをつかめるためです。ただし住宅の構造やリハビリの方針により例外もあるため、担当の理学療法士・作業療法士にご確認ください。
車椅子はベッドに対してどんな角度でつけますか?
20〜30度程度の斜めです。真横だと回転する距離が長くなり、真正面だと座る位置に入れません。斜めが最も体をひねらずに済みます。
ベッドの高さはどれくらいがいいですか?
場面で変えます。おむつ交換など介助者が作業するときは、指針が示すとおり介助者の大腿上部から腰上部付近まで上げます。本人が立ち上がる移乗のときは、本人の足裏が床につく高さまで下げます。
立ち上がるとき、どこを持てばいいですか?
脇の下や腰(骨盤)を支えます。腕を引っ張るのは避けてください。特に麻痺側の腕を引くと、肩関節の亜脱臼や痛みの原因になります。
1人で移乗させるのは危険ですか?
本人が立位保持できるなら1人でも可能です。全介助が必要な方を1人で抱え上げるのは、指針の考え方に反しますし、事故と腰痛のリスクが高すぎます。リフトの導入をケアマネジャーに相談してください。
2人で抱えれば安全ですか?
安全とは言い切れません。指針の解説も、複数人での抱上げは重量は軽減できても前屈や中腰による腰痛リスクは残るとしています。また、お互いの身長差が大きいと負荷が不均等になるため注意が必要とされています。
スライディングボードは介護保険で借りられますか?
移動用リフトに関連する品目として貸与の対象になる場合があります。区分の判断は保険者によって運用が異なることがあるため、ケアマネジャー・福祉用具専門相談員にご確認ください。
介護ベッドは要介護1では借りられませんか?
原則は要介護2以上ですが、一定の状態に該当する場合は例外給付が認められることがあります。諦める前にケアマネジャーに例外給付の可否を確認してください。
移乗のたびに本人が痛がります。
持ち方・支える位置が合っていない可能性と、関節や骨に問題がある可能性の両方があります。まず担当の理学療法士・作業療法士に実際の移乗場面を見てもらってください。訪問リハビリでは家族への介助指導も業務の一部です。
まとめ
- 厚労省の腰痛予防対策指針は「原則として人力による人の抱上げは行わせないこと」と明記している
- 立位保持できる人は立位を活かす、座位保持できる人はスライディングボード、全介助はリフト
- 本人の残存機能を活かすことが指針の出発点
- 介助作業時のベッドの高さは、介助者の大腿上部から腰上部付近が目安
- 移乗時は逆に、本人の足裏が床につく高さまで下げる
- 車椅子はベッドに対して20〜30度、ブレーキ両側、フットレストは上げる
- スライディングボードを使うにはアームレストが跳ね上がる車椅子が必要
- 起き上がりは脚の重さを使って回転させる。上体を引き上げない
- 立ち上がりは「足を引く・浅く座る・おじぎする」の3つが条件
- 移乗は立ち切らせず、お尻を浮かせて回す
- 麻痺がある場合は原則として健側へ移乗する
- 抱え上げざるを得ないときは身長差の少ない2名以上で、対象者に近づき腰を落とす
- 持ち上げるのではなく、垂直方向の力を水平方向へ展開して滑らせる
- リフト・介護ベッド・手すりは介護保険の貸与対象。導入は特別なことではない
参考にした情報
- 厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針及び解説」
- 「職場における腰痛予防対策の推進について」(平成25年6月18日 基発0618第1号)
- 厚生労働省「職場における腰痛予防の取組を!」
- 厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」(令和4年3月)
※本記事の介助の原則は、厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(平成25年6月18日 基発0618第1号)にもとづいて整理したものです。同指針は事業者に向けたものであり、家庭での介護を直接規律するものではありませんが、腰部への負担という点では同じ考え方が当てはまります。福祉用具の給付区分・例外給付の可否は市町村(保険者)によって運用が異なります。実際の導入にあたってはケアマネジャー・福祉用具専門相談員にご確認ください。制度に関する記述は2026年9月時点の内容として整理していますが、その後の改定により取扱いが変わる可能性があります。介助方法に関する記述は、筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづく整理であり、制度上の定めではありません。個別の方法は担当の理学療法士・作業療法士にご確認ください。





