認知症の言動はカスハラ?介護現場での線引きと対応

介護現場のカスハラ対応で最も間違いが起きやすいのが、認知症のある方の暴言・暴力を、カスハラと同じ方法で扱ってしまうことです。カスハラ対応の基本は「毅然と対応し、記録し、対応者を変え、必要なら契約を見直す」ですが、これを認知症の症状に当てると、ほぼうまくいきません。
この記事では、認知症のある方の言動と、カスハラをどう線引きするかを整理しました。理学療法士・介護支援専門員として在宅と施設の両方に関わってきた立場から、判断の軸と、職員の安全をどう守るかを書いています。
- 認知症の症状としての言動と、カスハラの違い
- 線引きに使える5つの判断軸
- 同じ対応をしてはいけない理由
- 家族からの理不尽な要求は別に扱うこと
- 認知症の症状であっても職員の安全は守ること
- 訪問系で1人のときの守り方
- 記録の書き方(表現を変えるだけでリスクが下がる)
- 事業所として決めておくべきこと
認知症の言動はカスハラなのか
まず、認知症がどう定義されているかを確認します。介護保険法施行令第1条の2は次のように定めています。
- 法第五条の二第一項の政令で定める状態は、アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患その他の疾患(中略)により日常生活に支障が生じる程度にまで認知機能が低下した状態とする。
認知症は疾患により認知機能が低下した状態であり、意思や性格の問題ではありません。したがって、そこから生じる暴言や介護への抵抗は、要求を通すための行為ではなく、症状として現れているものです。
一方カスハラは、要求や不満を背景に、相手に対して行われる著しい迷惑行為です。目的があり、相手を選び、状況を理解したうえで行われる点が決定的に違います。
ちびウルフでも、殴られたら同じじゃない?職員が傷つくのは変わらないよ。
リハウルフそこは分けて考えてください。受けた被害への対応は同じで、原因への対応が違うということです。職員を守ることは、症状であっても手を抜きません。ただ、原因が症状なら「やめてください」と伝えても止まらないので、環境や関わり方を変えるしかありません。ここを混同すると、職員が疲弊するだけです。
線引きに使える5つの判断軸
| 判断軸 | 認知症の症状に多い | カスハラに多い |
|---|---|---|
| 目的 | 目的がはっきりしない。本人も説明できない | 要求がある(金銭、謝罪、担当変更など) |
| 相手の選び方 | 誰に対しても起きる。または特定の場面で起きる | 立場の弱い相手を選ぶ。上司の前では起きない |
| 場面の一貫性 | 入浴・排泄など特定の介助場面に集中する | 場面を問わず、要求のたびに起きる |
| 説明への反応 | 説明しても変わらない。すぐ忘れる | 説明を理解したうえで続ける |
| 時間帯・体調 | 夕方、体調不良時、環境変化時に増える | 時間帯や体調と関係が薄い |
認知症の症状であれば、多くの場合、直前にきっかけがあります。急に触られた、説明なく服を脱がされた、大きな音がした、部屋が寒かった。本人にとっては理由のある反応です。
一方カスハラでは、きっかけと行為の大きさが釣り合いません。
対応が正反対になる理由
| 場面 | カスハラへの対応 | 認知症の症状への対応 |
|---|---|---|
| その場で | 要求には応じず、毅然と伝える | 言い返さず、いったん離れる。時間をおく |
| 説明 | できないことを明確に伝える | 説明で止めようとしない。短く、否定しない言葉に切り替える |
| 担当 | 複数対応にする、担当を替える | 相性のよい職員に固定することもある |
| 記録 | 事実を詳細に残し、証拠にする | きっかけと状況を残し、次の予防に使う |
| 組織 | 契約の見直しも視野に入れる | ケアの方法を見直す。担当者会議で共有する |
| 医療 | 原則として関係しない | 体調不良・薬の影響を疑い、医師に相談する |
とくに大きな違いが最後の行です。認知症のある方の言動が急に激しくなった場合、まず身体の問題を疑ってください。便秘、脱水、尿路感染、痛み、薬の変更。これらは本人が言葉で伝えられないため、行動として現れます。「性格が変わった」ではなく「体調が変わった」可能性を先に考えるのが実務です。
家族からの理不尽な要求は「カスハラ」として扱う
ここは分けてください。認知症があるのは利用者本人であって、家族ではありません。家族からの、次のような言動は通常のカスハラとして扱います。
- 契約外のサービスを繰り返し求める
- 特定の職員を名指しで攻撃する、担当交代を執拗に要求する
- 長時間の電話を繰り返す
- 土下座や始末書を求める
- 訪問時に大声で威圧する
- 録音・撮影して公開すると迫る
この場合は、事業所として組織で対応します。個人で抱えないでください。カスハラ全般への対応はカスハラ対策【令和8年度義務化】介護現場の対応を完全解説にまとめています。
症状であっても職員の安全は守る
・けがをした場合は受診し、労災の手続きを行う
・複数対応に切り替える(1人で入らない)
・訪問系では、事業所へ状況を共有し、単独訪問の可否を判断する
・ケアの方法、時間帯、担当者を変更する
・医師へ情報提供し、身体面・薬剤面を確認してもらう
・サービス担当者会議で、チーム全体の対応として決める
訪問系で1人のときの守り方
- 玄関に近い側に立ち、出口をふさがない位置を取る
- 危険を感じたら、ケアを完了させずに退出してよいと事業所で決めておく
- 退出した場合の連絡先と手順を、あらかじめ共有しておく
- 初回や状態変化後は、複数名または短時間で様子を見る
- 玄関の施錠状況、逃げ道、危険物の位置を確認しておく
「ケアを最後までやりきる」ことより、職員が無事に帰ることを優先すると、事業所として明文化してください。現場が判断に迷わなくなります。
記録の書き方
| 避けたい書き方 | 望ましい書き方 |
|---|---|
| 暴力的だった | 入浴の声かけ後、右手で職員の腕を払った |
| 怒りっぽい | 15時頃、大きな声で「帰れ」と発言 |
| 拒否が強い | 更衣時に「やめて」と発言し、体をよじる動作あり |
| 問題行動あり | 直前に居室の照明を消しており、その後に立ち上がろうとした |
評価の言葉ではなく、起きた事実と、その直前の状況をセットで書くことが重要です。こう書いておくと、後から読んだ人がきっかけを見つけられます。また、家族が記録を開示請求した際にも、評価的な表現はトラブルのもとになります。
事業所として決めておくこと
- 暴力・暴言が起きたときの報告先と手順を明文化する
- ケアを中断して退出してよい基準を決める
- 単独訪問の可否を判断する人を決める
- けがをした場合の受診と労災の手順を周知する
- 症状によるものか、家族からのカスハラかを分けて記録する様式にする
- 担当者会議で、チーム全体の対応方針として共有する
よくある質問
認知症の方の暴言はカスハラに当たりますか?
症状として生じているものは、要求を通すための行為であるカスハラとは性質が異なります。ただし、職員が被害を受けた場合の対応(受診、労災、複数対応への変更)は同様に必要です。
どうやって見分ければよいですか?
目的の有無、相手を選ぶか、場面の一貫性、説明への反応、時間帯や体調との関係の5つで見てください。直前のきっかけがあるかどうかも手がかりになります。
急に暴言が増えました。どうすればよいですか?
まず身体面を疑ってください。便秘、脱水、尿路感染、痛み、薬の変更などが行動として現れることがあります。医師に情報提供して確認してもらってください。
症状なら我慢するしかないのですか?
違います。原因への対応と、職員を守る対応は別です。複数対応への変更、担当や時間帯の変更、受診と労災の手続きは、症状であっても行ってください。
訪問中に危険を感じたら途中で帰ってよいですか?
事業所としてその基準を決めておくべきです。「ケアを完了させること」より職員が無事に帰ることを優先すると明文化しておくと、現場が迷いません。
家族からの理不尽な要求も同じ扱いですか?
違います。認知症があるのは本人であって家族ではありません。家族からの言動は通常のカスハラとして、組織で対応してください。
記録にはどう書けばよいですか?
「暴力的」などの評価ではなく、起きた事実と直前の状況をセットで書いてください。後から読んだ人がきっかけを見つけられ、開示請求時のトラブルも避けられます。
担当を替えたほうがよいですか?
カスハラでは対応者を替えることが有効ですが、認知症の症状では、逆に相性のよい職員に固定したほうが落ち着くことがあります。原因によって判断が変わります。
職員がけがをしたらどうすればよいですか?
受診し、労災の手続きを行ってください。原因が症状であっても、業務上のけがであることに変わりはありません。
- 認知症は疾患により認知機能が低下した状態であり、意思や性格の問題ではない
- 症状としての暴言・抵抗は、要求を通すための行為ではない
- カスハラは目的があり、相手を選び、状況を理解したうえで行われる
- 判断軸は、目的・相手の選び方・場面の一貫性・説明への反応・時間帯や体調
- 症状では直前にきっかけがあることが多い
- カスハラは毅然と、症状はいったん離れる。対応は正反対になる
- カスハラは担当を替える、症状は相性のよい職員に固定することもある
- 言動が急に激しくなったときは、まず身体面と薬を疑う
- 便秘、脱水、尿路感染、痛みは行動として現れる
- 家族からの理不尽な要求は、通常のカスハラとして組織で対応する
- 症状であっても、受診・労災・複数対応への変更は行う
- 訪問では出口をふさがない位置に立ち、危険なら退出してよい基準を決める
- 「ケアの完了」より職員が無事に帰ることを優先すると明文化する
- 記録は評価語を避け、事実と直前の状況をセットで書く
- 対応はチーム全体の方針として担当者会議で共有する
- 介護保険法施行令(平成10年政令第412号)e-Gov法令検索(第1条の2)
- 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成17年法律第124号)e-Gov法令検索
- 介護保険法(平成9年法律第123号)e-Gov法令検索
※本記事の認知症の定義に関する記述は、介護保険法施行令第1条の2にもとづいて整理したものです。カスタマーハラスメントに関する法制度の内容および施行時期については、本記事では扱っていません。関連記事および厚生労働省の公表資料をご確認ください。症状か否かの判断は医師が行うものであり、本記事の判断軸は現場での見立ての手がかりにすぎません。行動の変化がある場合は必ず医師にご相談ください。対応方法に関する記述は、筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづく整理です。労災や安全配慮に関する具体的な取扱いは、事業所および労働基準監督署にご確認ください。2026年9月時点の情報として整理しています。





