「財布を盗られた」「通帳がなくなった、あなたが持っていったんでしょう」——認知症のご家族から、こう言われたときのつらさは、経験した人にしか分かりません。いちばん世話をしている人が、いちばん疑われる。これが物盗られ妄想の残酷なところです。

この記事では、理学療法士・介護支援専門員として在宅の現場に立ってきた立場から、物盗られ妄想への具体的な対応をまとめます。「否定しないで」という一般論だけでは終わらせません。実際にその場でどう言うか、繰り返さないために何を変えるか、そして疑われたあなた自身をどう守るかまで書きます。

この記事でわかること
  • なぜ「盗られた」という発想になるのか(脳と心の両面から)
  • なぜ、いちばん介護している人が疑われるのか
  • その場でやってはいけない5つの対応
  • 実際の探し方の手順と、そのときの言い方
  • 繰り返しを減らす環境の工夫
  • 疑われた家族が壊れないための現実的な方法

認知症の物盗られ妄想とは

物盗られ妄想は、認知症の周辺症状のひとつです。厚生労働省は、脳の細胞が壊れることで直接起こる記憶障害などを「中核症状」、それに本人の性格・環境・人間関係が絡み合って生じるうつ状態や妄想などを「周辺症状」と説明しています。

ここが大事中核症状は脳の病変そのものですが、周辺症状は関わり方や環境で変えられる部分があります。つまり、物盗られ妄想は「どうにもならないもの」ではありません。減らせる余地がある症状です。

アルツハイマー型認知症で比較的よく見られ、対象になるのは財布・通帳・現金・貴金属など、本人にとって「大事なもの」に集中するのが特徴です。ティッシュやタオルが盗られたとは、まず言いません。

なぜ「盗られた」という発想になるのか

1. しまった記憶そのものが残っていない

大事なものだからこそ、本人は「安全な場所」にしまいます。ところが認知症では、しまったという行為ごと記憶に残りません。本人の頭の中では「確かにここに置いた。でも無い」という状況です。

ここで、健康な人なら「自分が忘れたのかも」と考えます。しかし記憶が抜け落ちている本人にとって、その可能性は実感として存在しません。置いた記憶がないのではなく、「置いていないのに無くなった」と体験されているのです。となれば、残る説明は一つ——誰かが持っていった。

2. 不安から自分を守るための反応でもある

厚生労働省の資料には、こう書かれています。もの忘れが重なると多くの人は不安を感じ始め、そこから先は人それぞれで、「そんなことは絶対にないと思うあまり、自分が忘れているのではなく、周囲の人が自分を陥れようとしているのだと妄想的になる人」がいる、と。

同じ資料は「認知症の人は何もわからないのではなく、誰よりも一番心配なのも、苦しいのも、悲しいのも本人です」とも述べています。物盗られ妄想は、崩れていく自分を認めまいとする心の防衛でもある——この視点を持てるかどうかで、家族の消耗はかなり変わります。

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「意地悪で言っている」わけじゃないんだ。本人の中では、盗られたことが事実として成立している。ここを理解できると、対応がまるっきり変わるよ。

なぜ、いちばん介護している人が疑われるのか

ここが、ご家族にとって最も納得しがたい部分です。私が担当したご家庭でも、疑われるのはほぼ例外なく、同居して身の回りの世話をしている人でした。娘さん、お嫁さん、配偶者。毎日いちばん尽くしている人です。

理由はいくつか重なっています。

1物理的に、その人しかいない。家の中にいるのは自分とその人だけ。消去法でそうなります。
2身の回りの物に触れる立場にいる。掃除も洗濯も財布の管理もしている人が、いちばん「触れた可能性がある人」です。
3「世話をされる」ことへの複雑な感情がある。できなくなった自分を毎日目の当たりにさせる相手でもあります。感謝と屈辱は同居します。
4遠慮がない相手だから言える。たまに来る親戚には言いません。近くて安全な相手だからこそ、感情をぶつけられるという面があります。

つまり、疑われるのは、あなたの介護が悪いからではありません。むしろ近くにいる証拠です。理屈で分かっても心は痛みますが、まずこれを知っておいてください。

やってはいけない5つの対応

その場でやりがちな、しかし事態を悪化させる対応です。

1「盗ってない」と正面から否定する。本人にとっては事実なので、否定は「嘘をつかれた」に変換されます。疑いが深まるだけです。
2証拠を突きつけて論破する。「ほら、自分でここにしまったでしょう」は、本人の記憶にない出来事を突きつける行為です。恥をかかせるだけで、何も解決しません。
3叱る・怒鳴る。言われた内容は忘れても、怖い思いをしたという感情は残ります。次からもっと警戒されます。
4本人の目の前で「また始まった」と家族が話す。言葉の意味は分からなくても、自分が話題にされている空気は伝わります。孤立感が強まります。
5財布や通帳を勝手に取り上げる。安全のためであっても、本人からすれば「本当に盗られた」ことになります。妄想を裏づけてしまう最悪の一手です。

物盗られ妄想への対応方法:探し方の手順

ここからが本題です。「一緒に探す」は正解ですが、探し方に順番があります。

  • まず感情を受け止める。「それは困ったね」「大事なものだもんね、心配だよね」。内容の真偽ではなく、困っている気持ちにだけ返事をします。
  • 一緒に探す。「一緒に探そう」と言って、本人と同じ空間で探します。ここで自分だけが探しに行くと、その場を離れた=隠しに行ったと受け取られることがあります。
  • 本人の行動範囲から探す。タンスの奥、押し入れ、布団の下、冷蔵庫、ゴミ箱、着ている服のポケット。「本人が安全だと思う場所」がヒントです。
  • 先に見つけても、自分から差し出さない。ここが最大のコツです。見つけた人が犯人にされます。「このあたりはもう見た?」と誘導し、本人自身に発見してもらいます。
  • 見つかったら、責めない・蒸し返さない。「あってよかったね」で終わりにします。「ほら言ったでしょう」は絶対に言わない。
言い方の例 ✕「盗ってないよ、そんなわけないでしょう」
◯「そう、無くなったの。それは困ったね。一緒に探そうか」

✕「ほら、自分でしまったんじゃない」
◯「あ、そこにあった?よかったね。見つかって安心したね」
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見つけたのに黙ってるって、なんだか回りくどくない?

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回りくどいけど、これが効くんだ。自分で見つけられれば「盗られていなかった」で完結する。他人が出してくると「やっぱり持っていた」になっちゃうんだよ。

いちばん効くのは「疑われた人が、その場から抜ける」

あまり書かれていませんが、現場でもっとも確実なのはこれです。

疑われている本人が対応し続けるかぎり、話は平行線をたどります。そこで、別の家族に交代してもらう、あるいはヘルパーやデイサービスの職員など第三者に入ってもらう。それだけで、驚くほどあっさり収まることがあります。

「逃げているようで気が引ける」と言われますが、逆です。その場を離れるのは、関係を壊さないための積極的な技術です。一度きつく言い合ってしまうと、修復に何日もかかります。

交代できる家族がいない場合は、訪問介護やデイサービスの利用日を増やす、ショートステイを挟むといった方法があります。ケアマネジャーに「物盗られ妄想が出ている」と具体的に伝えれば、そこを踏まえたケアプランを組めます。

繰り返しを減らす環境の工夫

その場の対応と並行して、起きにくい環境をつくります。

  • 置き場所を1か所に固定する。「財布はこの引き出し」と決め、大きな紙に書いて貼る。探す場所が決まっていれば、混乱が減ります
  • よく無くすものは予備を用意する。眼鏡、鍵など。無くしたときの動揺そのものを小さくします
  • 財布の中身を少額にする。本人が財布を持っている安心感は残したまま、実害を減らします
  • 通帳・印鑑・カードは本人と相談のうえ別管理に。黙って持ち出すのではなく、「一緒に銀行に預けよう」と本人が納得する形をとる
  • 探し物が始まる時間帯を記録する。夕方に多いなど傾向が見えると、先回りできます
注意安全のためであっても、本人に無断で貴重品を移すのは避けてください。妄想を現実にしてしまいます。どうしても必要なときは、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談し、第三者を交えて話し合う形にしてください。財産管理が難しくなってきた場合は、成年後見制度などの選択肢もあります。
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財布の中身を減らすって、本人にバレたら余計に怒らない?

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だから財布そのものは取り上げないのが大事なんだ。持っている安心感は残す。中身だけ少しずつ調整する。「全部取り上げる」と「実害を減らす」は、まったく別の話だよ。

それでも続くとき:医療に相談する

対応を変えても収まらない、暴力を伴う、本人の不安が強すぎて生活が回らない——そんなときは医療の出番です。

受診の前に、妄想以外の原因が隠れていないかを疑ってください。現場でよく見つかるのは次のようなものです。

  • 体調不良やせん妄——脱水、便秘、発熱、痛み。急に症状が強まったときは、まず体を疑う
  • 薬の影響——新しく始まった薬、増えた薬がないか
  • 難聴——聞こえないことで、周りが自分の悪口を言っていると感じることがあります
  • 環境の変化——引っ越し、家族の入院、模様替えなど

受診時は「いつから・どんな場面で・どのくらいの頻度で」をメモにして持参してください。診察室の数分では伝えきれません。

薬について症状によっては薬が使われることもありますが、認知症の周辺症状への対応は、環境調整や関わり方の工夫が基本とされています。とくにレビー小体型認知症では薬に強く反応して重い副作用が出ることがあるため、診断名を必ず医師に伝えてください。自己判断で薬を始めたり中止したりしないでください。

疑われた家族が、壊れないために

最後に、いちばん書きたかったことです。

物盗られ妄想の本当の被害者は、疑われた家族です。しかもこの苦しさは、他の家族に理解されにくい。「お母さんがそんなこと言うはずない」「あなたの気にしすぎ」と言われ、二重に傷つく方を何人も見てきました。

  • 一人で抱えない。ケアマネジャー、地域包括支援センターに「疑われてつらい」とそのまま伝えてください。これは立派な相談内容です
  • 他の家族に、症状として説明する。この記事を見せるのでも構いません。「病気の症状であること」を共有できるかどうかが分かれ目です
  • 物理的に離れる時間をつくる。デイサービス、ショートステイ。罪悪感を持つ必要はありません
  • 同じ経験をした人と話す。認知症の人と家族の会が、全国共通の電話相談(0120-294-456、平日10時〜15時/祝日除く)を行っています
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訪問先で「私が泥棒扱いされて…」と泣かれたことは、一度や二度じゃない。あなたが悪いんじゃない。これだけは、はっきり言っておきたいんだ。

本当に無くなっている可能性も、頭の片隅に

すべてを妄想と決めつけないでください。実際に紛失している、あるいは訪問販売や詐欺の被害に遭っているケースもあります。金額が大きい、見知らぬ人の出入りがある、不審な契約書がある——こうしたときは、消費生活センターや警察への相談も検討してください。

「認知症だから」で片づけると、本当の被害を見逃します。

よくある質問

否定してはいけないと分かっていても、つい言い返してしまいます。
誰でもそうなります。毎回完璧に対応できる人はいません。大切なのは、言い合いになりそうだと感じた時点で、その場を離れることです。「お茶を入れてくるね」で構いません。逃げではなく、関係を守るための技術だと考えてください。
施設に入れば、物盗られ妄想は落ち着きますか?
環境が変わることで落ち着く場合もあれば、逆に混乱が強まる場合もあります。ただし、家族が「疑われる立場」から外れることで、関係が改善することはよくあります。入居を検討する場合は、物盗られ妄想があることを施設側に必ず伝えてください。隠すと、職員が対応を誤ります。
どのくらいの期間、続くものですか?
個人差が大きく、一概には言えません。ただ、認知症が進行して記憶や関心の対象が変わっていくと、訴えが減っていくことは少なくありません。現場の実感としては「一生続く」というより「ある時期に強く出る症状」という印象です。
ヘルパーが疑われた場合はどうすればいいですか?
まず事業所とケアマネジャーに速やかに共有してください。事業所は複数人で対応する、記録を残すなどの体制を取ります。家族が「疑って申し訳ない」と抱え込む必要はありません。むしろ隠すほうがトラブルにつながります。
本人に「認知症だから」と説明したほうがいいですか?
その場で症状の説明をしても、まず受け入れられません。混乱と怒りが増すだけです。説明よりも、困っている気持ちに応える対応のほうが効果があります。
まとめ
  • 物盗られ妄想は認知症の周辺症状。関わり方と環境で減らせる余地がある。
  • しまった記憶が丸ごと抜けるため、本人の中では「盗られた」が事実になっている。
  • いちばん世話をしている人が疑われる。介護が悪いからではない。
  • 否定・論破・叱責・無断で貴重品を移すのは逆効果。
  • 一緒に探し、見つけても自分から差し出さず、本人に発見してもらう。
  • いちばん効くのは、疑われた人がその場から抜けること。第三者に交代する。
  • 急に強まったときは、脱水・便秘・痛み・薬など体の原因を疑う。
  • 疑われた家族こそ支援の対象。一人で抱えず、ケアマネや包括に相談を。
参考にした情報(公的機関等)

※本記事の制度に関する内容は、2026年8月時点の情報にもとづいています。本記事は医学的な診断・治療方針を示すものではありません。対応に迷う場合や症状が強い場合は、必ず医療機関・ケアマネジャー・地域包括支援センターにご相談ください。

ABOUT ME
リハウルフ
理学療法士/「リハコネ式!訪問リハのためのルールブック」監著・編集/「訪問リハビリマガジン」編集長/他に3メディアの編集長/ YouTube「リハウルフ」運営/セミナー経験多数/厚生労働省のホームページを見ることが趣味
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