人工膝関節のリハビリ|伸ばしきることが最優先

人工膝関節のリハビリで最も大事なのは、実は「曲げること」ではなく「伸ばしきること」です。多くの方が「何度まで曲がるか」を気にしますが、生活の質を左右するのは伸展(まっすぐ伸びるか)のほうです。
膝が最後まで伸びないと、立っている間ずっと太ももの筋肉が働き続け、疲れやすく、膝折れも起こりやすくなります。伸展制限は、一度残ると取り戻すのが難しい――だからこそ術後早期が勝負です。この記事では、術後の流れ、角度の目安、人工股関節との違いを整理しました。
この記事でわかること
- 人工膝関節で「伸展」が最優先される理由
- 術後の時期別リハビリの内容
- 曲がる角度の一般的な目安と生活動作の関係
- 腫れと痛みへの対処(アイシングの使い方)
- 人工股関節と違って脱臼肢位がないこと
- 正座・和式トイレ・深いしゃがみの扱い
- 人工関節の感染リスクと歯科治療での注意
- 医療保険のリハビリの日数と起算日
人工膝関節のリハビリで最も大事なこと
人工膝関節置換術(TKA)は、傷んだ膝関節の表面を人工の部品に置き換える手術です。変形性膝関節症が進行し、保存療法で対応できなくなった場合に選択されます。
術後のリハビリには2つの目標があります。
| 目標 | 内容 | 優先度 |
|---|---|---|
| 伸展(伸ばす) | 膝をまっすぐ伸ばしきる | 最優先 |
| 屈曲(曲げる) | 正座以外の生活動作に必要な角度まで曲げる | 次点 |
なぜ伸展が最優先なのか
膝が完全に伸びる状態では、立っているとき骨と靭帯で体を支えられます。筋肉はほとんど使いません。
ところが、膝が10度でも曲がったまま伸びきらないと、立っている間ずっと大腿四頭筋が働き続けることになります。結果として、
- 立っているだけで疲れる、長く立てない
- 歩くと膝が「カクッ」と折れる(膝折れ)
- 歩幅が狭くなり、歩行速度が落ちる
- 反対側の脚や腰に負担がかかる
そして厄介なことに、伸展制限は屈曲制限より取り戻しにくいのが実際です。曲がる角度は時間をかけて改善することがありますが、伸びない膝は硬く固まりやすい。術後早期に「膝の裏を伸ばす」ことに全力を注ぐ理由はここにあります。
ちびウルフ痛いので、膝の下に枕を入れて楽にしているのですが…
リハウルフそれが最もやってはいけない習慣です。膝の下に枕を入れて寝ると、曲がったまま固まります。楽ですが、伸展制限をつくる最短ルートです。枕はかかとの下に入れてください。膝が自然に伸びます。
術後の時期別リハビリ
術後すぐ(数日)
- 足首の曲げ伸ばし:血栓(深部静脈血栓症)の予防。何回でも
- 膝の下にタオルを置いて押しつぶす(セッティング):大腿四頭筋を落とさない
- かかとの下に枕を入れて膝を伸ばす:自重で伸展を促す
- アイシング:腫れと痛みの軽減
- ベッドを起こして座る、立つ:離床の開始
術後1〜2週間
- 可動域訓練:伸展と屈曲の両方。理学療法士が介助して角度を広げます
- 歩行器での歩行:体重をかけてよい範囲は医師が指示します
- 階段昇降の練習:上りは手術していない脚から、下りは手術した脚から
- 筋力トレーニング:セッティング、脚上げ(SLR)
退院後
- 伸展の維持:うつ伏せや、かかとを台に乗せて膝を伸ばす
- 大腿四頭筋のトレーニング:座って膝伸ばし、立ち座り
- 中殿筋のトレーニング:横への脚上げ。歩行の安定に
- ウォーキング:距離を少しずつ伸ばす
- 体重管理:人工関節への負担を減らす
筋力トレーニングの具体的な方法は高齢者の筋トレメニュー9選で解説しています。
腫れが引くまでは数か月かかる
術後しばらくは膝が腫れ、熱を持ちます。これ自体は手術の反応として通常起こることですが、腫れている間は曲げにくく、痛みも出ます。運動の後にアイシング(15分程度)を習慣にすると、翌日の動かしやすさが変わります。ただし、赤みが強い・発熱がある・急に悪化したという場合は感染の可能性があるため受診してください。
曲がる角度の目安と生活動作
膝の角度と、できる動作の関係はおおむね次のとおりです(確度:中=リハビリテーション領域で一般に用いられている目安であり、厚生労働省が示した数値ではありません)。
| 角度 | できるようになる動作 |
|---|---|
| 0度(完全伸展) | 立位の安定、効率のよい歩行 |
| 約60度 | 平地歩行 |
| 約90度 | 椅子に座る、階段を上る |
| 約100〜110度 | 階段を下りる、椅子から立ち上がる |
| 約120度以上 | 低い椅子、深くしゃがむ動作 |
| 約130〜150度 | 正座(多くの人工膝関節では想定されていません) |
どこまで曲がるようになるかは、人工関節の種類、手術前の可動域、腫れの程度によって異なります。術前にほとんど曲がらなかった方が、術後に大きく改善するとは限りません。目標角度は執刀医・理学療法士に確認してください。
正座・和式トイレ・深いしゃがみ
多くの場合、正座は推奨されません。人工関節の耐久性と、その角度が想定されていないためです。和式トイレ、床に座る生活、深くしゃがむ動作も同様に避けるのが一般的です。
ただし、人工関節の種類や執刀医の方針によって指示は異なります。「してよいこと・いけないこと」は必ず執刀医に確認し、退院時に書面で受け取っておいてください。
自宅でできる伸展の練習
退院後に最も継続してほしいのが、この伸展の維持です。曲げる練習は日常動作の中で自然に行われますが、伸ばす練習は意識しないと抜け落ちます。
かかと乗せ(ヒールプロップ)
座位または仰向けで、かかとだけを台や丸めたバスタオルに乗せ、膝を浮かせた状態にします。そのまま力を抜いて5〜10分。自分の脚の重みで、膝がゆっくり伸びる方向に働きます。
痛みが強い場合は時間を短くしてください。テレビを見ながらでもできる方法です。
セッティング(膝下タオルつぶし)
膝の下に丸めたタオルを置き、膝でつぶすように力を入れて5秒キープ。10回×2〜3セット。大腿四頭筋を鍛えながら、膝を伸ばす方向に力を入れる練習になります。
脚上げ(SLR)
仰向けで片膝を立て、もう一方の脚を伸ばしたまま20〜30cm持ち上げて3秒キープ。左右10回×2セット。膝が曲がってしまう場合は、まずセッティングから始めてください。
運動後に痛みが強く残るなら量が多い
運動した日の夜や翌日に痛み・腫れが強く残る場合は、回数か時間が過剰です。半分に減らしてください。「痛みを我慢して頑張る」のは、腫れを長引かせて結果的に可動域を悪くします。物足りないくらいを毎日続けるほうが、結果は良くなります。
体重管理という現実的な課題
人工関節への負担を減らす意味で、体重管理は重要です。ただし高齢者の場合、やみくもに減らすのは危険です。
厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」は、65歳以上について日本人の食事摂取基準(2020年版)が当面目標とするBMIの範囲を21.5〜24.9kg/m²としており、BMIが18.5〜21.5の高齢者についても栄養改善プログラムの検討を求めています。
また同マニュアルは、地域で生活する高齢者について「低栄養またはそのリスクがある者が約4割いるという報告がある」とし、低栄養の高齢者は死亡率や要介護の増大、再入院のリスクが高く、その多くがフレイルやサルコペニアを合併しているとしています。
つまり、減らすべきかどうかは現在のBMIによるということです。膝のために体重を落としたつもりが、筋肉まで落ちて歩けなくなっては本末転倒です。減量の要否は主治医にご確認ください。
人工股関節との違い
混同されやすいので整理します。
| 人工膝関節 | 人工股関節 | |
|---|---|---|
| 脱臼の危険 | 基本的に問題になりにくい | あり。禁忌肢位を守る必要がある |
| 禁止される姿勢 | 深い屈曲(正座など) | 術式により異なる(後方:屈曲・内転・内旋/前方:伸展・外旋) |
| リハビリの主眼 | 伸展の確保と可動域 | 禁忌肢位を避ける動作の習得 |
| 共通する注意 | 感染に弱い、転倒を避ける、体重管理、定期受診 | |
人工膝関節では「脚を組んではいけない」といった脱臼予防の姿勢制限は基本的にありません。股関節向けの情報をそのまま当てはめる必要はないということです。人工股関節の注意点については別途整理しています。
人工関節は感染に弱い
膝でも股関節でも共通の、重要な注意点です。
人工関節は体にとって異物であり、一度細菌が付着すると抗菌薬だけでは治りにくいという特性があります。血液に乗って細菌が運ばれ、人工関節に定着することがあるためです。
感染予防のために
- 歯科治療(特に抜歯)の前に、人工関節があることを歯科医に伝える
- 整形外科にも歯科治療の予定を伝える
- 虫歯・歯周病を放置しない
- 皮膚の傷、水虫、巻き爪などを放置しない
- 発熱を伴う感染症にかかったら、人工関節があることを医師に伝える
次のような症状は、感染や緩みのサインである可能性があります。
- 膝が赤く腫れ、熱を持つ(術後の通常の腫れを超えて悪化する)
- 原因のはっきりしない発熱が続く
- いったん治まった痛みがぶり返した
- 体重をかけると膝の奥が痛む
- 膝の動きが急に悪くなった
「手術したのだからこんなものだろう」と我慢しないでください。早く見つかるほど対処の選択肢が多くなります。
転倒予防も術後管理の一部
転倒は、人工関節周囲の骨折という重大な事態につながります。術後は膝の痛みが減って活動的になる一方、筋力とバランスはまだ戻っていない時期があり、そこが最も危険です。
- 夜間の足元灯:人感センサーライトを寝室からトイレの経路に
- 床の物を撤去する:コード、カーペットの端
- 手すりの設置:玄関・トイレ・浴室・階段
- 杖を使う:不安な時期は無理をしない
- バランス練習:手を添えての片脚立ちなど
詳しくは高齢者の転倒予防|原因と自宅でできる対策をご覧ください。
医療保険のリハビリと起算日
診療報酬の運動器リハビリテーション料は、告示の原文で「発症、手術若しくは急性増悪又は最初に診断された日から150日を限度として」算定するとされています。人工膝関節置換術を受けた場合は手術日が起算日です。
| 区分 | 点数(1単位=20分) |
|---|---|
| 運動器リハビリテーション料(Ⅰ) | 185点 |
| 運動器リハビリテーション料(Ⅱ) | 170点 |
| 運動器リハビリテーション料(Ⅲ) | 85点 |
入院中は早期リハビリテーション加算(1単位60点/4日目以降25点、入院日から14日)、初期加算(45点/手術から14日)などが加算されます。加算が術後14日に集中しているのは、この時期の可動域確保が結果を決めるからです。
150日を超えた場合は原則として1月13単位までですが、医学的に改善が期待できる場合等の除外規定があります。要介護・要支援の認定があれば、介護保険の訪問リハビリ・通所リハビリを日数制限なく利用できます。
よくある質問
人工膝関節のリハビリで一番大事なことは何ですか?
膝を完全に伸ばしきること(伸展)です。伸びないまま固まると、立っている間ずっと太ももの筋肉が働き続け、疲れやすく膝折れも起こりやすくなります。伸展制限は屈曲制限より取り戻しにくいため、術後早期が重要です。
膝の下に枕を入れて寝てもいいですか?
避けてください。楽に感じますが、膝が曲がったまま固まり、伸展制限をつくる原因になります。枕はかかとの下に入れると、自重で膝が伸びる方向に働きます。
どのくらい曲がるようになりますか?
人工関節の種類、手術前の可動域、腫れの程度によって異なります。日常生活では、階段を下りるのに約100〜110度程度が目安とされます。個別の目標角度は執刀医・理学療法士に確認してください。
正座はできますか?
多くの場合、推奨されません。人工関節の耐久性と、その角度が想定されていないためです。ただし人工関節の種類や執刀医の方針によって指示は異なります。必ず確認してください。
膝が腫れているのは異常ですか?
術後しばらくの腫れは通常起こる反応です。運動後のアイシング(15分程度)が有効です。ただし、赤みが強い、発熱がある、急に悪化したという場合は感染の可能性があるため受診してください。
人工股関節のように脱臼の心配はありますか?
人工膝関節では脱臼は基本的に問題になりにくく、「脚を組んではいけない」といった姿勢制限は通常ありません。股関節向けの注意事項をそのまま当てはめる必要はありません。
歯科治療のとき注意することはありますか?
人工関節が入っていることを必ず歯科医に伝えてください。血液に乗った細菌が人工関節に定着して感染を起こすことがあります。整形外科にも歯科治療の予定を伝えてください。
痛みがぶり返したのですが。
感染や緩みのサインである可能性があります。我慢せず整形外科を受診してください。早期に見つかるほど対処の選択肢が多くなります。
階段はどちらの足から出しますか?
上りは手術していない脚から、下りは手術した脚からが原則です。「行きはよいよい、帰りは怖い」と覚えてください。手すりは必ず使用してください。
リハビリはいつまで受けられますか?
医療保険の運動器リハビリテーション料は手術日から150日が限度です。その後も1月13単位までの算定や、医学的に改善が期待できる場合の除外規定があります。介護保険のリハビリは日数制限がありません。
まとめ
- 人工膝関節のリハビリで最優先されるのは「伸ばしきること」
- 膝が伸びないと立位で筋肉が働き続け、疲れやすく膝折れも起こる
- 伸展制限は屈曲制限より取り戻しにくい
- 膝の下に枕を入れて寝ると伸展制限をつくる。枕はかかとの下に
- 術後すぐは足首の運動、セッティング、アイシングから
- 階段は上りが健側から、下りが術側から
- 階段を下りるには約100〜110度の屈曲が目安
- 正座・和式トイレ・深いしゃがみは多くの場合推奨されない
- 人工膝関節では脱臼の姿勢制限は基本的にない(股関節とは異なる)
- 人工関節は感染に弱く、抗菌薬だけでは治りにくい
- 歯科治療の前は必ず人工関節があることを伝える
- 痛みのぶり返し・発熱・急な可動域低下は受診のサイン
- 術後は活動的になる一方で筋力が戻っておらず、転倒に注意が必要
- 運動器リハビリテーション料は手術日から150日が限度
参考にした情報
- 診療報酬の算定方法(平成20年厚生労働省告示第59号)第7部 リハビリテーション
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」(令和6年1月)
- 厚生労働省「介護予防マニュアル【第4版】」(令和4年3月)
- 厚生労働省「令和6年度診療報酬改定について」
※本記事の点数・算定要件は、診療報酬の算定方法(平成20年厚生労働省告示第59号)にもとづいて整理したものです。可動域の目安・術後の制限・リハビリの進め方に関する記述は、リハビリテーション領域で一般に用いられている整理および筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづくものであり、厚生労働省の告示・通知として定められたものではありません(確度:中)。実際の制限や目標角度は、人工関節の種類、手術内容、骨の状態、執刀医の方針によって異なります。必ず執刀医および担当の理学療法士の指示に従ってください。本記事の内容が個別の指示に優先することはありません。制度に関する記述は2026年9月時点の内容として整理していますが、その後の改定により取扱いが変わる可能性があります。




