認知症の親との接し方|否定しない声かけのコツ

「何度言っても伝わらない」「つい強い口調になってしまう」——認知症の親と暮らすご家族から、いちばん多く聞く悩みです。声かけのテクニックを調べる方は多いのですが、技術より先に、前提の置き方を変えないと続きません。
この記事では、理学療法士・介護支援専門員として在宅の認知症の方に関わってきた立場から、なぜ否定してはいけないのかを厚生労働省の資料にもとづいて整理し、そのまま使える言い換えを場面別にまとめます。家族が疲れきったときにどうするかまで書きます。
- 「本人には自覚がない」が誤りである理由
- 「私は忘れていない」と言い張る本当の意味
- 国が示す「新しい認知症観」
- そのまま使える声かけの言い換え
- 場面別の対応(同じ話を繰り返す、盗られた、帰ると言う など)
- できることを奪わない支え方
出発点:「本人には自覚がない」は誤り
厚生労働省の政策レポートは、はっきりこう書いています。
もの忘れによる失敗や、今まで苦もなくできていた家事や仕事がうまくいかなくなることが徐々に増え、何となくおかしいと感じ始める。とくに、言われても思い出せないもの忘れが重なると、多くの人が何かが起こっているという不安を感じ始める、と説明されています。
リハウルフここが接し方のすべての土台です。「どうせ忘れるから」は成り立ちません。言われた内容は忘れても、責められたという感覚は残ります。それが次の拒否や怒りにつながっていきます。
「私は忘れていない!」の裏側
受診をすすめても「もの忘れなんかない」「病院に行く必要はない」と言い張る。家族を困らせる典型的な場面ですが、厚労省の資料はこれを次のように説明しています。
他人のもの忘れが尋常でないことはすぐ分かるのに、自分の深刻なもの忘れにだけ不自然なほど目をつぶる——その理由がここにあります。頑固なのではなく、心を守っていると理解できると、こちらの言葉が変わります。
国が示す「新しい認知症観」
認知症施策推進基本計画(令和6年12月)には、次の考え方が明記されています。
厚労省の政策レポートにも、同じ趣旨の一節があります。「認知症の人」がいるのではなく、私の友達のAさんが認知症という病気になっただけ——だから、友人としてすべきことは、障害を補いながら今までどおり付き合い続けることだ、と。
ちびウルフ「認知症の人」じゃなくて「病気になった親」なんだね
認知症の親との会話5原則
厚労省が示す認知症の症状の特徴から、そのまま導けるものです。
次の項目では、私が現場で使っている言い換えを表にまとめます。言い換えのパターンをもっと知りたいという方は、フレーズ集の形になっている本を1冊手元に置いておくと、迷ったときに開けます。
[ポチップ①:認知症心理学の専門家が教える 認知症の人にラクに伝わる言いかえフレーズ]
そのまま使える声かけの言い換え
| ×「さっきも言ったでしょ」 | ○「そうだったね、○時からだよ」|初めて聞かれたように答える |
|---|---|
| ×「違うよ、それは昨日でしょ」 | ○「そうだったかもしれないね」|日付の訂正に意味はほとんどない |
| ×「盗ってないよ」 | ○「それは困ったね、一緒に探そう」|内容ではなく困りごとに応じる |
| ×「ここが家でしょう」 | ○「お茶を飲んでから送っていくね」|否定せず、時間をずらす |
| ×「危ないからやらないで」 | ○「こっちを手伝ってもらえますか」|取り上げず、置き換える |
| ×「早くして」 | ○「ゆっくりで大丈夫ですよ」|急かした分だけ遅くなります |
| ×「なんでできないの」 | ○「ここまでできましたね」|できた部分を言葉にする |
| ×「お風呂に入って」 | ○「背中を流させてください」|指示ではなく依頼にする |
| ×「もう食べたでしょ」 | ○「今用意するから、少し待っててね」|空腹感そのものは本物です |
| ×「認知症なんだから」 | ○(言わない)|本人の前でも、いない場でも避ける |
リハウルフ共通しているのは、「事実を正す」のをやめて「気持ちに応じる」に切り替えていることです。事実で勝っても、関係を失えば介護は続けられません。
場面別の対応
同じことを何度も聞かれる
- 毎回、初めてのように短く答える。長い説明は逆効果です
- 紙に書いて見える場所に貼る(「12時に○○さんが来ます」)
- 不安が背景にあることが多い。予定の中身より「大丈夫だよ」が効く場面があります
- どうしても答えられないときは、その場を離れてよい。イライラした顔で答えるより、ずっとましです
「財布を盗られた」と言われる
- 否定しない。「それは困ったね」から入る
- 一緒に探し、本人が自分で見つけられるよう近くまで誘導する
- 「ほら、あったでしょ」は言わない。「よかったね」で終わらせる
- いちばん世話をしている人が犯人にされやすい。介護者の落ち度ではありません。ひとりで抱えず、ほかの家族や専門職に共有してください
「家に帰る」と言い出す
- 説明しない。「もう暗いから、お茶を飲んでから送っていくね」と時間をずらす
- 役割のある作業(洗濯物たたみなど)に自然に誘う
- 自宅にいるのに「帰る」と言うのは、今いる場所が安心できていないサインです
身なりや衛生が保てなくなってきた
- 「汚い」「臭う」は絶対に言わない。もっとも尊厳を傷つける言葉です
- 「新しいのを出しておきましたよ」と、責めずに置き換える
- 着替えを1セットだけ見える場所に出す。選択肢が多いと決められません
できない家事をやりたがる
ここは止めないでほしい場面です。理由は次の項目で説明します。
「できること」を奪わない
厚労省の政策レポートに、印象的な例が載っています。実行機能障害の説明です。
スーパーで大根を見て、健康な人は冷蔵庫の油揚げと一緒にみそ汁を作ろうと考える。認知症になると冷蔵庫の油揚げを忘れ、大根と一緒に油揚げも買ってしまう。帰宅後、買ってきたものも頭から消え、別の野菜でみそ汁を作る。こうして冷蔵庫に同じ食材が並んでいく——という例です。
そのうえで、こう続きます。
ちびウルフ全部やってあげるほうが、親切だと思ってた
リハウルフ逆なんです。奪うと、その能力は本当に失われます。理学療法士としても断言できます。「一言添える」だけで続けられることが、たくさんあります。
厚労省は、認知症の人への援助には、障害を理解しさりげなく援助できる「人間杖」が必要だとも表現しています。杖は歩く代わりをするものではなく、本人が歩くのを支えるものです。
ここまでの内容は、いわば「土台」の話です。実際の場面で口から出る一言をもっと増やしたい方は、介護現場での実例をもとにした本が参考になります。
[ポチップ②:介護現場から生まれた 認知症の人に伝わるすごいひと言]
やってはいけない対応
それでも、拒否や怒りが続いて手詰まりになることがあります。「かたくなさ」そのものにどう向き合うかをテーマにした本は、こじれた場面の突破口になることがあります。
[ポチップ③:認知症の人の「かたくなな気持ち」が驚くほどすーっと穏やかになる接し方]
それでも怒鳴ってしまった日に
最後に、いちばん伝えたいことです。
接し方の記事を読むと、できていない自分を責めてしまう方がいます。でも、毎日24時間、否定せずに接し続けられる人はいません。厚労省の資料でさえ「こういう援助は根気がいるし疲れます」と認めています。
- 怒鳴ってしまったら、その場を離れる|安全を確認したうえで、数分でも距離を取る
- 翌日に持ち越さない|本人は言葉の内容を覚えていないことが多い。やり直せます
- ひとりで担わない|ショートステイもデイサービスも、家族が倒れないための制度でもあります
- 相談する|地域包括支援センター、担当ケアマネジャー、認知症カフェ、家族の会
ちびウルフ完璧じゃなくていいって言ってもらえるだけで、少し楽になるなあ
嘘をつくことになりませんか?
本人に認知症だと伝えるべきですか?
父には強く言えるのに、母には言えません。逆のこともあります。
離れて暮らしていて、電話での会話が難しいです。
怒鳴ってしまいました。取り返しがつきますか?
- 「認知症の本人には自覚がない」は大きな間違い。最初に気づくのは本人であり、誰よりも不安なのも本人。
- 「私は忘れていない」という否認は、心を守るための自衛反応であり、隠された悲しみの表現。
- 国が示す「新しい認知症観」は、認知症になってからもできること・やりたいことがあるという考え方。
- 会話の原則は、急がせない・短くひとつずつ・ひとりで話す・正面から名乗って・変化を小さく。
- 長々と念を押すと、厚労省の説明どおり「ますます混乱」する。
- 事実を正すのをやめて、気持ちに応じる。事実で勝っても関係を失えば介護は続かない。
- 「盗られた」は一緒に探す。「帰る」は時間をずらす。「汚い」は絶対に言わない。
- できることを奪わない。一言添えるだけで続けられることが多くある。
- 援助は「人間杖」。代わりに歩くのではなく、本人が歩くのを支えるもの。
- 完璧にやろうとしない。怒鳴った日はやり直せる。
- 距離をとることは逃げではない。関わり続けられる状態を保つことが最優先。
- 厚生労働省「政策レポート(認知症を理解する)」(「本人には自覚がない」は大きな間違い、否認は自衛反応であること、理解・判断力の障害〈急がせない・シンプルに・些細な変化で混乱〉、実行機能障害と保たれている能力を活用する支援、「人間杖」、かかわる人の心がまえ)
- 厚生労働省「認知症施策」(認知症施策推進基本計画〈令和6年12月〉。「新しい認知症観」の定義)
- 厚生労働省「認知症に関する相談について」(相談窓口)
※本記事のうち、認知症の症状の説明と関わり方の原則、「新しい認知症観」は厚生労働省の公表資料にもとづきます。場面別の具体的な声かけや対応は筆者(理学療法士・介護支援専門員)の実務経験にもとづくもので、効果には個人差があり、すべての方に当てはまるものではありません。症状の急な変化や薬に関する判断は、必ず主治医にご相談ください。内容は2026年8月時点の情報です。




